[99/12/31] 



各位殿

クリスマスイブの夜、岸田は会社の仲間と侘しく地元の場末居酒屋で飲んでいた。普段から混むことのない店であるが、この日は特にガラガラだった。

「今日はイブだから、いつもと違う酒飲んでみようか?」
日本酒メニューから選んだ酒の銘柄は「今夜は最高!」。
まずかった。名前の珍しさだけで店に置いているようだ。

静かな店の中に、やかましいやつが入って来た。看護婦の由美だ。
由美は今年の3月に市内唯一の高等教育機関である女子短大の看護学科を卒業し、4月から出身地の長野市に帰って個人病院の看護婦として働いている。
看護学校なんて、大都会である長野市内にいくらでもありそうなものだが、どうしてバスで3時間半も掛かる僻地の学校に通っていたのか?
別に一人暮らしがしたかったわけではない。「そこしか入れなかった」それが理由だ。

「何よあなたたち。イブの夜に男ばかりで飲んでるの? はっはっは。」
彼女は今夜男を連れていた。そのため妙に得意げだ。
「ところでとなりの兄さんは誰?」
「この人のことはいいの。」
由美の連れは最後までほとんど話をしなかった。無口で内気なタイプで、そのため由美の強引なペースに逆らえず、成行きで付き合っているようだ。ありがちなパターンだ。
「ところで今日は、この町まで何しに来たんだ?」
「病院が休みだから、明日スノボに行くの。」
「このあたりのスキー場でスノボできるのはどこなんだ?」
「アララギ高原。ところで何で岸田さんがそんなこと聞くの? まさか岸田さんがスノボやるわけじゃないよね?」
「やるよ。」
「ウッソ〜! やだ〜! 似合わない! 下手そう!」
まったく大きなお世話だ。俺は翌日行くスキー場を「アララギ高原」以外の場所に決めた。滑っているところをこいつに見られたら大変だ。町中に『岸田は下手だ』と言い触らされてしまう。
「それじゃあ、またね。」
由美は出て行った。彼女はこの町に住んで居たころに徘徊していた飲み屋を今夜中に全部回るのだそうだ。連れの男はグッタリしていたが、由美には逆らえない様子だった。

そろそろ帰ろうと思っていた頃、郵便配達人から携帯に電話が掛かって来た。要件は、「岸田さんのところに小包が届いているが、部屋が留守なのでどうしようか?」と言うもの。田舎の郵便局は親切だ。
小包は局留めにしてもらい、後で深夜窓口に取りに行くことにした。

「何が来たのだろう? このイブの夜に。」
岸田は少し期待しながら雪の中を郵便局へと歩いた。
送り主は、Justチーム一の堅物として知られる郵政幹部の木塚氏。物は洗剤の詰め合わせセットだった。
岸田は木塚氏から年賀葉書を買ったので、そのお返しと言う意味なのだろう。
そのまま岸田は洗剤セットを抱えて自宅へと歩いた。

以上

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