舞 姫
by チャーリー岸田
10月4日は知り合いのヨットのクルーのFの結婚式だった。
Fはよく岸田と間違えられる顔つきなのだが、異様に頭がでかく髪が薄く、最近ではこれにデブと言う特徴が加わった。
ましてこのFは口数が岸田の3倍。仲間うちの評価では、性格の暑苦しさは岸田の5倍。
つまり今まで女に縁が無いことでは岸田の上を行っていた。
ところでこんなやつと結婚する女はどんなやつなんだろう?
そして披露宴に行ってびっくり。とんでもない美人だった。
奥さんの職業はバレリーナ。『松山バレエ団』という日本で一番とされているバレエ団に所属し、最近ではエジンバラだとかニューヨークなどで公演し、数々の賞を取
っているそうだ。
彼女の母親も同じ松山バレエ団の出身で、彼女が幼い頃、母親が舞台に立つ日には
楽屋に揺りかごを置いて、団員のバレリーナ達が交替で面倒を見ていたそうだ。
そして物心付いた頃には彼女も舞台に立っていた。つまりバリバリのお嬢様だ。
バレエなんて縁の無い(あたりまえだ)岸田にとって、披露宴会場に集まった数十人のバレリーナは、あまりにも美形揃いで眩しい程だった。
バレエなんて激しい運動をするものだから、体育会系筋肉娘ばかりかと思ったのだ
が、実物を見てみると、皆一様に小柄で細身だった。おまけに皆顔が異様に小さかっ
た。こんな小さい身体のどこにあの強靭なバネが隠されているのだろう?
岸田は一緒に披露宴に参加したヨット仲間に聞いた。
「松山バレエ団って有名なのか?」
「おお、日本では一番だろうな。なにしろ日本で一番どころか世界的に有名なプリマ
ドンナの森下洋子が居るからな。」
「その森下ってのは何者なんだ?」
「森下洋子を知らないのか? テレビのコマーシャルにも出てるし、俺もバレエの事
なんて全然知らないけど森下洋子は知ってるぞ。ほら、あそこの白いドレスの人。テ
レビで見たことあるだろ?」
「そうか、じゃあその森下さんと話して来る。」
岸田はそのままプリマバレリーナに近づいた。
「森下洋子さんですね。写真撮らせて下さい。ファンなんです。」
「Fさんの親族の方ですか?」
「いえいえ、ヨット仲間の岸田と言います。」
「そうですか。良く似ていらっしゃいますね。」
「ところで昔から不思議に思っていたんですけど、どうしてバレリーナは爪先立ちで
踊るんですか? 動き難いと思うんですが。」
「いえ、いつでも爪先立ちって言う訳でも無いんです。爪先で立つときは軽やかな雰囲気が必要なときなんです。爪先立ちの方が軽やかに動けるんです。でも普通の靴で真似しないで下さいね。足を傷めますから。」
「そうですか。それとバレリーナは皆んなガニマタだって言うのは本当なんですか?」
「そうです、私の足を見て下さい。このとおり。」
完璧なガニマタだった。
「それから昔の少女漫画で、バレリーナがライバルのトゥシューズに画鋲を入れたりするのがあったでしょう?
そう言う事件って実際にあったんですか?」
「聞いたことありませんねえ。でもその漫画って××××(漫画の名前らしい)ですよね?
私もファンだったんですよ。」
プリマバレリーナは、岸田の下らない質問に対し、極めて丁寧に、しかも微笑みを
持って答えてくれた。
岸田がふざけていることに全然気付かないらしい。なんて素直な性格なんだ。
「ところで、失礼ですが岸田さんはお一人ですか?」
「そうです。バリバリの独身です。」
「うちの団員の子たちは外の人と会う機会が少なくて、独身の子が多いんですよ。気に入った子がいたらよろしくお願いしますね。」
「はいはいはい。任せて下さいっ!」
岸田は団員のおねえさん達の集まっているところに行こうとしたのだが、連中は俺達とはあまりにも人種が違い過ぎる。生まれてから今まで、バレエのレッスン以外の
苦労は一度もしたことが無い。と、全員の顔に書いてある。 そこで一番庶民的な顔つきの、一人のねえちゃんに話し掛けた。
「先ほど余興で踊っていた方ですよね?」
「はい。あなたはFさんの弟さんですか?」
「いえいえ。単なるヨット仲間です。赤の他人です。」
彼女は異様な程素朴な性格だった。完璧な世間知らずだ。20年くらい昔のレベル
の素朴なギャグで良く笑った。
やがて岸田と彼女の近くに、壁の花となっていたバレリーナ達が集まって来た。
良 く見ると、皆、お嬢様だと言うのに地味と言うか子供っぽい服装をしている。まるで
初めて親戚の結婚式に参加した田舎の中学生の服装みたいだった。そして皆、20代
30代だと言うのに、高校生くらいにしか見えない。苦労を知らないからだろう。
「皆さんバレリーナなのに、そんなに沢山食べて大丈夫なんですか?
ダイエットと かしなくても良いんですか?」
「はい。毎日レッスンしているので、いくら食べても太れないんです。」
こいつらプロだ。
そしてこんなとんでもないお嬢様がFなんかとくっ付いた訳
が分かった。
この連中は世間知らず過ぎて男を見る目が全然無いんだ。
要するにこの連中は『羊の群れ』なんだ『赤頭巾ちゃん』なんだ。
しめしめ。これはおいしいぞ。
後から来た連中の一人が、最初に岸田が話し掛けた子を指差して語った。
「12月の公演で、この子が主演するんです。よろしかったら見に来ていただけます
か?」
「行きます。行きます。行きます。」
岸田は名刺を渡し、チケットを送ってもらうことにした。
12月公演の『クルミ割 り人形』だ。
よおし! 今度のターゲットはバレリーナだ。わはははは。
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