タイ料理解説

by チャーリー岸田

その2「植物繊維」

 タイ料理の特徴を一言で言えば、それは「野菜」である。それも圧倒的な量の植物繊維である。タイ人に成人病が少ないのは、おそらくこの圧倒的な植物繊維が関係していると思われる。
 ここで「野菜」と聞いて、  

「そうか、タイ人はお金が無いからあまり肉や魚を買えないのだな。」
 〜と、思ったあなた。あなたは判っていない。実は野菜こそが最も贅沢な食材なのだ!
 その根拠を説明するためには、人類の歴史に話は遡る。  
「人間の祖先は草食動物だった。」
 人間の祖先は植物を食べて生きていたのだが、人口の増加によって多くの人々が十分な量の植物のない、つまり農業のできない土地への移住を余儀なくされた。また人類は何回もの氷河期を体験し、植物以外のあらゆる物を食べなければ生き延びることができない経験をして来たのだ。そして人類は雑食動物となった。
 しかし今でも、農業のできる土地に住んでいる人類は必ず農産物を食べて生きている。そして農業のできない痩せた土地に住まわざるを得ない人々だけが、まず動物の乳を飲み、乳製品を開発し、そして「仕方なく」動物の肉を食べるようになった。その証拠に、現在遊牧や狩猟採取で生活している人々の住む土地は、農業に適さない痩せた土地ばかりである。  
「野菜ばかり食べて栄養が偏らないのか? 欧米の菜食主義者は皆、身体に問題を抱えているではないか?」
 〜と、考える人も居るだろう。たしかに植物だけで生きて行くのは、あまり良い選択とは言えない。しかし、欧米の菜食主義者が身体に支障を来たしてしまうのは、摂取する野菜の種類に問題があるからであって、蛋白質を豊富に含む米や大豆を毎日食べていれば、栄養が偏ることもない。
 そして東南アジアは、地球上で最も農業に適した豊穣の土地なのだ。
 人類の歴史は「飢え」との戦いの歴史である。しかし、地球上で唯一東南アジアだけが飢えとは無縁の生活を送って来たのだ。

「栄養の面では問題ないかも知れないけど、野菜だけでは味気ないよな。」

 そう思った人も多いだろう。しかしそう思った人は、タイの野菜を食べて欲しい。調味料を使わなくてもそれだけで食べられるコクのある野菜。これはなかなか今の日本でも食べられないものだ。これがタイで食べるタイ料理の味だ。日本のタイ料理店では、同じ種類の野菜を使っても味が違う。情報化時代に生きる我々現代人にも、現地に行ってみなければ判らないことは沢山あるのだ。

<農薬の話>

 以前、タイスキの話を送ったとき、直美姉御がアジアの野菜の農薬の心配をしていた。たしかに農薬は深刻な問題である。
 経済発展の著しいベトナムでは、国が豊かになるに連れて物価が上がり、相対的に物価の安い中国からの農産品の輸入が増えている。そこで農薬の問題が発生しているのだ。
 ここで農業についての解説が必要になる。

・その1「農業とは何か?」

 農業とは「雑草との戦い」である。
 農業の仕事には色々あり、種蒔き、田植、稲刈、その他作物の種類によって色々な作業が必要となる。
 しかし、それはあくまでもスポットの作業であって、農家は1年の大部分を雑草取りに追われるのだ。これが農業である。

・その2「農業の種類」

 農業には、昔の日本やタイなどで行われている「集約的農業」と、アメリカや中国で行われている「粗放的農業」がある。
 集約的農業は、狭い土地に人手を掛けて作物を育てる方法。粗放的農業は、あまり人手を掛けずに広い土地で行う農業。
 単位面積あたりの収穫量は集約的農業の方が上だが、費用対効果を考えれば、広い土地で行う粗放的農業の方が効率が良い。これは人件費の高い国になるほど頭著になる。
 米を例に取って話しを進めれば、日本やタイの集約的農業では、まず苗床で苗を育て、ある程度成長したところで「田植」を行う。ところが粗放的農業では、広い土地に種を撒いて、それをそのまま育てる。

 ここで我々消費者にとって、どのような手法で育てられた農産品が良いのかを考えると、まずは値段の面では圧倒的に「粗放的農業」である。しかしどうしてタイでは集約的農業を続けているのか? それは雑草対策なのである。
 集約的農業で米を育てるには、毎年「田植」を行うことになる。水を満たした水田に苗を植えることによって雑草が生え難くなる。米の苗はある程度成長しているので、根が水に浸かっていても問題ないが、水の中から新しい雑草が生えて来る率は非常に少ない。また、整然とした一定の間隔を持って苗の植えられた田んぼは、雑草を取り除く作業にも効率が良い。そのためあまり農薬を使わなくても作物を育てることができる訳だ。
 それに比べて粗放的農業の場合。
 この場合、田植を行わないので、どうしても大量の農薬が必要になる。カリフォルニア米のようにヘリコプターで種を撒いたような場所では、とても人力で雑草を取り除くことなどできはしない。大量の農薬を使わなければ、稲は全滅してしまうのだ。
 そこでタイ料理の話に戻ると、今のところこの国はまだ安心であるようだ。十分にコクのある野菜を堪能することができる。ベトナムのように中国から農薬漬の野菜が輸入されることもなく、人々は淡々と田植を行っている。この先何年もこんな状態が続くかどうかは判らないが・・・・・・

つづく


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