謎の町by チャーリー岸田 & 伊藤
その日、岸田は午後6時前に仕事場を出た。定時退社なんてしていられる状況ではないのだが、その日は残業申請手続き(この会社の本部ビルでは、部外者が定時以降にビル内に残る場合には、毎日残業申請の書類を出さなければならない)に手違いがあり、残業ができなくなってしまったのだ。 「へへへへ。ラッキー!」岸田は町の路面電車に乗り、終点の坂本の町を目指した。 岸田には一つの計画があった。大津市のはずれ、坂本町には美味い蕎麦屋があると言う。関西では蕎麦よりもうどんがメジャーなのだが「美味い蕎麦」と聞いたら岸田はじっとしては居られない。一度食べに行って見たかったのだ。
坂本の町は地図で見るとお寺ばかり。観光地としては有名ではないが、大昔から比叡山の麓の由緒ある門前町として、伝統のある町だそうだ。ここの蕎麦屋は知る人ぞ知る、なかなかのものだそうだ。 坂本駅に着いた頃には、陽はとっぷりと暮れ、駅前は真っ暗だった。 「あれえ? なんじゃこりゃ?」駅前の商店は全て戸が閉まり、町には人の気配が無かった。まるで深夜3時の様相を呈していた。 「いったいどうしたんだ? この町は?」田舎の町の夜が早いことは知っている。俺の育った川崎のチベットと言われた町も、俺が子供の頃は新興住宅地ですらなく、夜8時過ぎには真っ暗だった。 学生時代に合宿所のあった佐島の漁村も、朝は日の出前から働く漁師の町だったので、夜は早かった。 しかし、しかしだ。まだ6時半だぞ!6時半! 漁村だってまだ人が歩いている時刻だぞ! これは何なんだ? 民家も何も無い山の中ならばしょうがない。しかし駅前には商店があり、民家もまばらに建っている。日産マリーナのある幡豆町よりは民家も多いぞ。それなのにこれはどういう状況なんだ? しばらく途方に暮れていると、闇の中を一人の老婆が現れた。この婆さんに
岸田「あのう、すみませんが・・・」何を聞いてもその老婆はポカンと口を開けて、不思議そうに岸田の顔を見ている。どうしたのだろう? 岸田の喋り方がこの地域の方言と違うので、何を言っているのか分からないのだろうか? それとも見慣れない人間が居るのでびっくりしてしまったのだろうか? 婆さんはいつまでも岸田の顔を眺めていた。もしかしたらこの婆さんは単なる『ボケ老人』なのかも知れない。しかし、ボケ老人の深夜の徘徊にしては時刻が早すぎないか? 何度も言うけど6時半だぞ、6時半! この老婆以外には全く人の気配がないので、仕方なく岸田は大津のホテルに帰ることにした。当然帰りの路面電車も、客は岸田一人。まるで『ゲゲゲの鬼太郎』の1シーンだった。 滋賀大出身の伊藤君。この状況を説明してくれ。どうなってるんだ、この坂本の町は? この時期は町ぐるみでメッカへ巡礼の旅に出ているのか? この月はラマダンで、町ぐるみで断食修行をしているのか? 野武士の略奪を恐れて、町ぐるみで山の中に隠れてしまったのか?どうなっているんだ? 教えてくれ! 伊藤君!
伊藤です。 岸田さんの話を聞いて愛知県の入鹿池近辺でよく聞く話を思い出しました。入鹿池はこの地方のバスフィッシングのメッカで中学生時代に一宮市から自転車でたまに行っていました。
その道では一人のおばあさんに出会うといいます。
幸い私は1度も出会うこと無く今日も生きておりますが、日本最大のミステリーゾーン琵琶湖のしかも歴史の古い坂本に足を踏み込んでそれだけで生きて帰ってこられた岸田さんはやはりただ者ではないという気がします。 以上今宵はこれまでにしとうございます。
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