奄美の少年

by  チャーリー岸田 


 

  鹿児島在住のヨット乞食からメイルが入った。その内容は、

「奄美大島にクルージングに行ったときに知り合った、現地人の家族連れをスキーに連れて行くことになった。彼らは家族全員、生まれてから今まで雪を見たことがない。そんな連中を一人で面倒見るのは大変なので、一緒に来てスキーのコーチをするように。報酬としては、この家族と知合いになっておけば、奄美大島に旅行したときにただで家に泊まれること。以上。」
 そんなわけで、今年の正月は奄美大島の家族連れのスキーのコーチをすることになってしまった。選択肢は他にない。何故ならば、
「お袋さんは小さな美容院を経営しながら、女手一つで3人の子供たちを育てている。そして今年雪を見るために一生懸命貯金して来た。」
「家族4人が奄美大島からスキーに行くためには、何十万円ものお金がかかる。とても毎年行けるわけではない。」
「子供たちは、この旅行のために3年分のお年玉を貯めて来た。」
 こんな話を聞いて、「俺は子守りは苦手なんだ。他を当ってくれよ。」
 なんて言えるほど岸田はクールなやつじゃない。

 集合は上野駅。奄美大島からやって来たファミリーは、長男(高一)、次男(小六)、三男(小三)、そしてこの3兄弟のおっかさん(40代)。詳しい事情は知らないが、お父さんはいないらしい。
 長野新幹線の中での少年3人+母親のハシャギ振りは、並のものではなかった。なにしろ奄美大島には鉄道が走っていない。彼らにとっては、電車に乗るだけでもスリリングな体験であるのに、座席が回転したり背もたれが後に倒れたりする仕掛けは、彼らを大喜びさせるのに十分だった。
 長野駅に到着し迎えの車を待っている間、彼らは駅前広場の池を見てびっくり。なにしろ水面に氷が張っているのだ。これも生まれて初めて見る現象だ。

「これって、上に乗っても大丈夫かね?」
「いや、危ない。乗ったら割れて落ちるぞ。」
「じゃあ、氷を割ったら怒られるかね。」
「誰も怒りゃしない。」
 彼らは大喜びで氷を割り始めた。南の島の住人には、こんなことが画期的な体験であるらしい。また困ったことに、彼らには「ここで服や靴を濡らしてしまったら、後で困る。」と言った発想が全くない。寒い思いをしたことが全くないようだ。
 小学生の弟たちだけでなく、高校生の長男までもが子供のようにはしゃいでいた。都会の高校生のように擦れていないところが面白い。
 しかし、ここで異様だったのは、キャーキャー奇声を発してはしゃいでいるのが子供たちだけではなかったこと。40代の母親までもが子供のようにはしゃいでいるのだ。
 どこかで見たことがある、この雰囲気。そうだ、東南アジアの連中と同じだ。熱い国では子供が大人にならなくても生きて行ける。この家族は東南アジアの乗りで生きているんだ。同じ日本語を話す日本人でも、本州と南の島ではメンタリティに大きな差があるらしい。

 スキー場に着いて、まず大変だったのが着替え。なにしろ奄美大島では「真冬の一番寒い季節でもスウェットシャツ1枚で十分。それ以外の季節はTシャツ1枚。」と言う服装だけで生きている連中だ。2枚以上の服を重ねて着た経験がない。もちろんスキーウェアは、岸田と友人、およびその知合いから掻き集めた古着。
 一枚一枚手伝ってやりながら、1時間近く掛かって全員の着替えが完了。スキーを履かせてゲレンデに連れ出したときには、一仕事終えた疲労感が身体を包んでいた。しかしこれからが本番だ。

 そもそも彼らは、当然のことながら雪に触ったことがない。雪景色は写真で見たことがあるけれど、雪がどのような手触りなのか? 今まで全く想像できなかったのだ。
 しかし小学生の二人は、あっと言う間にボーゲンをマスターしてしまった。「ローラースケートと同じやねん。」
 普段から身体を動かして遊んでいる彼らは、運動神経が都会の子とは違う。また、全く転ぶことを恐れていないところが凄い。
 さすがに高校生の長男は、弟たちほどの適応力は無かった。しかし「雪の上だと転んでも痛くない。」と言うことを身体で理解してからは、急に大胆なチャレンジを始めた。何しろ彼は柔道部員。受け身ならば馴れている。
 問題はお袋さん。やたらと性格が明るいのは良いのだが、転ぶたびに大声を上げて笑い続けるので、スキー場でもやたらと目立つ。箸が転げても可笑しい40代だ。
 それにしてもこの連中、生まれて初めて経験するこの寒さを何と思っているのだろう? 全く寒さに挫ける気配がない。むしろこの珍しい気温を喜んでいるようだ。

 家族4人は一向に疲れを見せない。このままだと永遠に終りそうも無いが、付きっ切りでコーチしているこちらはたまらない。岸田と友人は、彼らに「スキー場にはナイター設備があって、夜でも滑れる。」と言う事実を隠しておいた。これがばれたら夜中まで付き合わされるところだ。

 夜は知合いの別荘に宿泊。初心者の彼らは初めてのスキーで疲れているはずなのだが、全くテンションが落ちない。軒先に並んだ氷柱を見て大喜び。家の周りを走り回って全部のツララを集めて回る。また、ドンブリに雪をすくって来ては「かき氷だあ!」。部屋の中では初めて見る薪ストーブに夢中になり、やたらと薪をくべたがる。
 大騒ぎで飯を作って風呂に入り、深夜0時過ぎにやっと消灯。もうヘトヘトだ。

 翌朝、子供たちの騒ぎ声で目が覚めた。まだ早朝と言うのに子供たちは既に外で遊びまくっている。岸田は窓から顔を出した。

 「何やってるんだ?」
 「雪だるまっ!」
 しかし、彼らは雪だるまの作り方を知らない。粉雪を掻き集めて固体化しようとしているのだが、全然形にならない。
 「そうじゃねえよ。まず最初に小さいボールを作って転がして行くんだ。」
 「よくわかんない。」
 結局岸田までもが、朝飯前から雪だるま作製に参加させられる破目になってしまった。
 そして、この休み無しのハイテンション状態は、最後まで続くことになる。

 2日目は子供たち3人揃って見る見る上達。大したもんだ。全く休憩なしで一日中滑りまくっている。

「スキーは楽しいか?」
「うん。もう最高!」
「遊園地よりも楽しいか?」
「そんなの比べ物になんないよ!」
「そうなんだ、憶えておけ。遊園地とか、全然練習しないで楽しめるものってのは、本当はあんまり楽しくないんだ。スポーツ以外でも、本当に楽しいものは何でも、練習しなきゃできないことばかりなんだぞ。」
「そうだったのか。」
 ああ恥ずかしい。まるで長渕剛みたいに臭い台詞で人生を語ってしまった。まずいっ! 「今は未だ人生を語らず」by吉田拓郎。で行きたい。

 子供たちはびっくりするくらいに上達したが、問題はお袋さん。さすがに40代で初めてのスキーは難しいようだ。しかし、このおっかさんも元気だった。一日に何十回も転んで一番疲れているはずなのに、全然疲れを見せない。
 宿に帰ってからも、子供たちとの雪遊び、プロレスごっこ、トランプ、布団蒸しに疲れ果てて伸びている俺たちを尻目に、淡々と台所仕事を続けている。母親ってのは大したものだ。

 帰りの新幹線の中でもテンションは一向に落ちない。俺たちは疲れがピークに達し、目が霞み始めて来たが、最後までトランプ遊びに付き合わされた。
 そして別れは上野駅。上野駅ほど別れに適した場所はない。ここからこの家族は東京の知合いの家に泊りに行くことになる。

「小遣い貯めてまた来いよ。無駄遣いするんじゃねえぞ。また教えてやるからな。」
「へへーん、今度はコーチなんかいらないぜ。」
「そんなことより、夏休みには奄美に来いよ。また俺たちで遊んでやるからな。絶対来いよっ!」
「海の遊びなら俺たちが先生だぜ。」
 ようし、今年の夏は奄美大島で大暴れだ。しかしこの連中と付き合うには体力が要るぞ。先に寝たりしたら、また布団蒸しの刑が待っているから。
 

終り

<あとがき>
  その後、奄美大島から「黒糖焼酎」を送って来た。箱の中には手紙が添えられていた。
 「子供たち3人は、あれから毎日、風呂上りに『岸田踊り』を練習しています。」だって。
 あまり素直過ぎるのも考えものだ。

 

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