不毛の江戸っ子抗争by チャーリー岸田
下町で酒屋を営む茂樹から電話が来た。話の内容は、新聞のチラシを送って欲しいと言うもの。
それならばお安い御用だ。毎日新聞に折り込まれて来るチラシを、1週間分まとめて郵便で送るだけだ。 それから毎月、茂樹からは、普通ではあまり手に入らない全国の珍しい酒が送られて来るようになった。これはなかなか合理的な取引だ。岸田にとっては僅かな切手代だけで毎月酒が飲めるわけだし、茂樹にとっても商売における貴重な情報が手に入れられるわけだ。 ところがその後、岸田は地方転勤になった。そこで岸田はこのチラシ送付を父親に依頼することにした。 「よし解った。それなら任せておけ。」どうせ親父は定年退職して時間には余裕がある。チラシを郵送するくらい何でもない。それからも毎月岸田の父親に酒が送られることになった。 しかしここで問題が発生。岸田父と茂樹との間に、ポリシーの違いによる諍いが発生してしまったのだ。 岸田父の言い分 「自分は、若い者が親の力を借りずに自力で商売を始めたことに感銘して、それを粋に感じて応援してやっているだけだ。酒が欲しくて毎週チラシを送っているわけではない。今後は一切、酒など報酬を送らないで欲しい。」
「これは純然たるビジネスであって、この情報の有無によって、毎月の売上げが何十万円も違う。商売人が情報に対価を支払うのは当然の商行為であって、一人前の商売人を自認する以上、無料で世話になるわけには行かない。」
茂樹は東京下町の生まれ。基本的ポリシーは岸田の父と全く同じだが、先祖代々の商売人。商売人は自分の才覚で儲けることが全てであって、人の情けにすがってまで商売することはプライドが許さない。 まあ、岸田から見れば似たようなものなのだが、なぜかこの江戸っ子二人はなかなか譲らない。 これが合理的な名古屋人や関西人であれば、お互い問題なく事が進むのだが、江戸っ子ってやつは、つまらないことで意地を張る。親父は送ってもらった酒を飲んでいれば問題ないわけだし、茂樹は「酒はいらない。」と言われれば、送らなければ良いだけの話だ。神奈川生まれの岸田には、その点がなかなか理解できない。 結局岸田が仲に入る事になった。岸田は親父に言った。 「これはチラシの報酬じゃないんだ。俺が茂樹に金を送って、酒を買っているんだ。」
江戸っ子ってやつは本当に不可解だ。
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