川下良二の海外事情(9)
by 川下良二


その9 米国格闘戦術・実戦編

過去8年間、誰にも語らなかった小生の告白です。

その日は、デトロイト市内のあるサプライヤーへ打ち合わせで外出しました。4月上旬でしたが、肌寒く、春にはほど遠い感じでした。
打ち合わせを終え、帰ろうと事務所を出ました。もうすぐ夏時間がはじまりますが、デトロイトの夕暮れは早く、4時過ぎで外は薄暗くなっていました。

デトロイト市内の治安はすこぶる悪く、現地の従業員さえめったに近寄りません。
放火、窃盗、婦女暴行、強盗、殺人とそりゃあひどいものです。人口90万人内、70万人は黒人です。
ロボコップという映画がデトロイトを舞台にありましたが、あれは嘘です。白人はほとんど街中では見かけません。ホームレスや薬中がそこら中ウヨウヨしており車を止めようものなら、すぐに、車上荒しにあいます。
ハローウィンという行事をご存知かと思いますが、放火も年中行事で一晩でデトロイト市内で240件ありました(警察発表)。これは例年より少なかったとのことで、喜ばしい現象とのニュース報道がありました。

小生はその会社の駐車場に車を停めていましたので、車の鍵を開け、後部座席にコート、カバンを入れ前部ドアを開けかかったその時です。後ろから怪しい人物が迫ってきました。
あたりには誰もいません。明らかに小生目当です。ゆっくり振り替えると、背格好175cmくらいの男が近寄って来ました。年齢は不祥です。
何かぼそぼそと喋っていますが、さっぱり判りません。男も無視されたと思ったのでしょう、コートのポケットから何やら出し始め、黒い金属のかたまりを引き出しました。

オートマチック拳銃です。

男は銃口をこちら向け、左手を差し出し、催促しています。「金を出せ。」です。後からであれば、状況の分析、描写は可能ですが、その時は突然のことで、頭の思考回路がすべて止まり、真っ白な状態になりました。自然とホールドアップの体勢をとりました。距離は3m50cm。小生は、おもむろに胸ポケットからサイフをゆっくり取り出しました。
手渡しは危険とも考えなかったのですが、無意識にサイフを投げ、ちょうど男と小生の中間に落ちました。

ただ一つだけ、まだ思考が働く点がありました。拳銃の情況が判ったのです。

オートマチック拳銃の暴発を防ぐ為には、二つの操作が必要です。

  1. シリンダーへは、発射する直前に弾を装填する。つまりカートリッジ(弾倉)を入れただけでは、弾込にはならず、撃つ前に必ず拳銃のカバー(撃鉄)を後ろへスライドさせねばなりません。
    (映画で確認してください。)
  2. 安全装置の解除、普通銃の左面にレバーがあります。
銃は、我がベレッタM92Fに比べて小ぶりですが、この距離だと間違いなく命中します。
1、は不明です。小生に近づく前に操作済みの可能性がります。
問題は2、です。まさかと思ったのですが、安全装置のレバーが外れていません。もう一度注視したのですが、間違いありません。 
「すぐには、撃てない。」
しかし、体勢には影響なく、この情況を変えるには足りません。男が気づいて2秒もあれば、安全装置を外せ、即発射可能ですから。

絶対絶命。人生最大の危機です。その小生の姿は、銃に怯える憐れなイエロージャップに映ったに違いありません。

が、小生は思わぬ行動に出ました。思考の上での行動ではなく本能のなすがままの行動です。
スローモーションを見るように鮮明にここからは覚えています。

男が免度くさそうにサイフを拾い上げようと腰を下げた瞬間です。男の左肩がさがり頭が低くなりました。
無意識に小生は、一歩右足で踏み込み間合を詰め、左足を寄せ、その反動で右回し蹴りを撃ったのです。うまい具合に側頭部へ命中し、「ゲシッ」とい音とともに、男はそのまま地面に倒れこみました。蹴り足をそのまま引いて、更に右足を高く上げ、踵落とし(アンデイ フグの得意技)の要領でそのまま男の右手と拳銃に落としました。
踏みつけた感がありました。骨折したかもしれません。「ぎゃ」という声を聞いたような気がします。

ぐったりし動かなくなった男を尻目に、サイフを拾い上げ、車に乗り込み、急発進させました。長居は無用、仲間がやってくるかもしれません。その場を立ち去りました。車へ乗った後、外は寒いのに冷や汗がだらだらと顔面、背中で流れてきました。

ただただ恐怖心です。これも2つあり、「殺される」との直面する恐怖心と、一歩間違えば(蹴りがはずれれば)やはり殺されるのに、ただ自分の意思に反し、本能だけで動いた自分への恐怖心です。せっかく習得した銃の知識と経験は役に立ったのでしょうか?、理性は何処へいったのでしょう。 「これは、チャンス。」と誰が判断したのでしょう。

その後随分、情況を踏まえ検証してみました。ただ金を渡し、命を助けてもらったほうが良かったのかもしれません。しかし、デトロイトの情況を考えると、その後殺されてて身包みはがれても不思議ではありません。理性のない、思わぬ行動をしてしまった(俗に切れた状態でしょうか?)自分にも怖さを感じ、自身も見失った感じがしました。
その後誰にもこのことを語り、打ち明けることはしませんでした。

もちろん武勇伝を語るつもりではありません。あまりも危険で、一歩間違えば死を意味します。
TAKE−1だけです。取り直しは映画やテレビのようにできませんから。

日常生活から、一挙に極限状態に追い詰められた時に、あなたはどうするでしょうか?
多分その場になってみなければ判らない。というのが大方の答えでしょう。
多大なリスクを負うことにより。新たな自分を発見する意外性、そして、葛藤を味わえるかもしれません。

萩原氏とは10回契約ですので、次回は最終回です。海外旅行ガイドのウンチクを小生がたれたいと思います。

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