by チャーリー岸田
その3 ミスター・スー
川下商社マンがジャカルタで暴徒に囲まれている頃、我々はバリ島のクタビーチで土産物売りに囲まれていた。 「あああーっ! 何だこの連中は? 全然のんびりできないじゃないかあ!」彼らが売っているのは、主に民芸品の類なのだが、中には観光客の忘れ物と思われる汚いタオルなどを売り歩いている人も居る。彼はタオルを一枚だけ持って、観光客相手に買え買えと言って来るのだ。もちろん、そんなものを買う人は居ない。 彼らはそんな物を売るくらいしか仕事がないのだろうか? そんなに貧しいのだろうか? しかし彼らは妙に楽しそうだ。仕事と言うよりも、単なる暇潰しにしか見えない。 その中に、カタコトの日本語を話すにいちゃんがいた。「スー」だ。 「パイナップルいらんかね?」彼はパイナップルを1個だけ持ってクタビーチの浜を売り歩いている。 「どうしてパイナップルを一個しか持っていないんだ? それが売れたら、次の商品はどこから持って来るんだ?」つまり、売れても売れなくても大差ないわけだ。 「ところでにいちゃん、日本語うまいな。」俺たちはそのスーを一日5,000ルピー(当時のレートで\400)でガイドとして雇うことにした。 何せ我々は海外旅行が初めてだったので、「本来であればもっと値切れる」なんて発想がなかったのだ。 「どこへ行きたい?」スーはパイナップルを浜に放り投げると、テクテクと歩きだした。 しばらく歩くと、浜がフェンスで区切られている場所に出た。どこかのプライベート・ビーチらしい。 「このフェンスの向こうは誰も居ないよ。」俺たちはスーと一緒にフェンスを乗り越えた。 誰も居ない綺麗な海だった、俺たちは歓声を挙げて海に飛び込んだ。 「ところで、スー。ここはどこなんだ?」陸を振り返って見ると、やたらとでかい別荘風の建物があり、その前にはライフルを持ったガードマンが並んでいたのだ。 「でもワタシと一緒ならダイジョーブね。ワタシ、あのガードマンと友達ね。」スーが手を振ると、ガードマンも嬉しそうに手を振り返した。
つづく。
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