熱帯の憂鬱(1)
by チャーリー岸田


part-1

灼熱のマニラ空港、名古屋空港から飛んだ岸田は成田から来た総一、リンダの2名と合流して迎えの車を待っていた。
しばらくすると、窓から賑々しく手を振りつつ、リンダ一家の車が登場。そのとき我々3人は呆然とした。

「いったい何人乗っているんだ?」
この連中は、
「今日はねえちゃんたちが日本から帰って来るんだ。皆んなで迎えに行こうぜっ!」
「おう!」
そんなノリで何も考えずにゾロゾロ車に乗り込んだようだ。
迎えの車が既に定員オーバー、我々はどこに乗れば良いんだ?
「3人を迎えに行くのだから、定員マイナス3以下の人数で迎えに行く。」
そんな計画性はフィリピン人にはない。全くない。
この計画性の無さがフィリピン人の全てを表している。
「う〜む、OK! OK! ノー・プロブレム。詰めればまだまだ乗れるよ。」
実はOKでも何でもない。車の定員だけでなく、この連中は金が入れば先の事を考えずにすぐに使い切ってしまうし、このファミリーには無計画性を原因とする様々な問題を抱えているのだが、とにかく明日の事は考えない連中なので、このメンタリティが変わる可能性は皆無。
我々はでかい荷物や子供たちを膝の上に抱え、重なり合うように車に乗り込み、でこぼこ道を走り始めた。
いったいこの何も考えない生活様式は何なんだろう?

ここで岸田は考えた。

「基本的に文明とは、飢え死にしないための知恵である。飢え死にの恐怖さえ無ければ人は何も考えない。」
四季のある国の農耕民族は、種を撒く時期、刈り取りを行う時期を考えなければいけない。早過ぎる時期に種を撒いてしまえば、苗は霜にやられてしまうし、遅すぎては作物が育たない。そのため暦を開発する必要があったわけだ。
また、秋に刈りった作物は、来年の秋まで計画的に食べなければ途中で飢え死にしてしまう。
狩猟民族の場合はもっと深刻だ。
経験と技術に長けたリーダーが居て、綿密な作戦に基づいて狩りを行わなければ、獲物を捕らえることができないだけでなく、逆に猛獣に襲われる危険性もある。
ところが熱帯では、歩いていれば空から勝手にバナナやマンゴーが降って来て(本当に降って来る。比喩的表現ではない)、種さえ撒いおけば、勝手に米が育つ。
計画を立てなくても死ぬことはない。
つまり、先進国よりも豊かな環境で先祖代々暮らして来た連中には、文明や計画を立てる習慣が不要だったわけだ。
その証拠に、本当に生活に困っていれば、エストラーダなんぞを大統領に選ぶはずがない。
ガタガタ揺れる車の中で、岸田の隣ではリンダの妹が子供のオムツを換えている。

「ちょっと事務所に寄って行くよ。」
空港を出てすぐ、車がまだマニラ市内を走っているときに、リンダの妹が言い出した。
事務所とは、日本にジャパ行きさんを送り込んでいるプロモーターの事務所。
日本に来ているフィリピーナたちは、このようなプロモーターを通じて日本に送り込まれているわけだ。
リンダの家では4人姉妹のうち3人が日本に出稼ぎに出ており、現在実家に戻っている彼女の妹もまた日本に行くことになる。
「岸ちゃんたちも一緒に来なよ。若い娘さんがいっぱい居るよ。」
我々は車を降り、事務所に向かった。
そのときこのプロモーターの事務所では、日本に行きたい娘さんたちの面接が行われていた。
待合室では数百人の娘さんたちが牛詰めになって順番を待っている。
この面接に受かれば、彼女たちはタレントビザを持って芸能人として日本に送られることになる。
日本での仕事は飲み屋のホステスだが、日本では単純作業の労働者の入国は認められないので、芸能人と言う建前で出稼ぎに行くわけだ。
日本も昔のように景気が良いわけでもなく、受け入れ先も限られている。この面接もなかなか狭き門のようだ。
我々日本人から出稼ぎフィリピーナを見ると、
「生活が苦しくて外国に出稼ぎに行かなくてはならないなんて、苦労しているんだなあ。」
などと思ってしまうのだが、実は多くのフィリピーナにとっては、日本に行くことは憧れの世界だ。日本に行くためになんとかこの難関をパスしようと必死の様子だ。
先進国の慌しい生活を知らない娘さんたちは、日本で働く事がどれほど大変なことであるのか全く想像できないのだろう。
日本に行けば誰でも大金持ちに成れると思っているらしい。
日本帰り丸出しの金の掛かった身なりをして、日本の男たちを引き連れて入って来たリンダたちは、待合室に居る娘たちの羨望の的だった。
同行の女性たちがプロモーターの担当者と話をしている間、岸田と総一は待合室の片隅で待っていたのだが、そこに居た数百人の娘たちは、一斉に我々に微笑み掛ける。
どうやら我々を日本から来たスカウトだと思っているようだ。
我々は調子に乗って二階のフロアにも足を踏み入れた。そこでは一次試験の面接をパスした娘たちの、歌やダンスの試験が行われていた。
ホステスとして働くことになる彼女たちも、タレントビザで渡航する以上、このような能力も必要になる。
フィリピンのような、自然が豊かで働かなくても食って行けるような国で、どうして外国に働きに行く必要があるのだろう?
フィリピンの基幹産業は「出稼ぎ」である。
つづく。

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