熱帯の憂鬱(3)
by チャーリー岸田


part-3

岸田がフィリピン旅行に行くと聞いて、多くの人々は首を傾げた。

「観光地でも何でもない、ジャングルの奥地の村なんだろう? そんな所に何しに行くんだ?」
また年寄りの中には、「売春ツアーに行くのか?」などと死語を語る者も居る。

外国に行って現地の人々の生の生活に触れることに興味のない連中は、ハワイにでも行っていれば良い。
旅行会社のキャッチコピーでは、ハワイには、

「ホテルから一歩も出ずに、リゾート&グルメ&ショッピングが楽しめます。」
〜なんてのがあるそうだ。
早い話が『常磐ハワイアンセンター』だ。
そんな作り物の中で満足できるのは子供とアメリカ人だけだと思っていたのだが、大人の中にもそんな連中が居るらしい。
それで満足できるのであればそれで良い、安全だし何の苦労もない。
しかしそれは旅ではない。

名古屋空港の出発ゲート。
出国手続きを終えてマニラ行きの搭乗口前に行くと、そこには異様な雰囲気が漂っていた。
搭乗を待つ客は2種類。

  • 出稼ぎフィリピーナ。
  • そのフィリピーナにはまったろくでなしの日本の男たち。

観光客らしき人々は全く見掛けない。フィリピン行きの観光客は、皆セブ島行きの直行便に乗ってしまうのだ。
搭乗客のフィリピーナは、皆水商売系。
カジュアルな服装をしながらも、化粧の濃さと香水の匂いのきつさは商売を隠せない。
待合室はまるで飲み屋の店内の雰囲気だ。
しかし、それよりもっと異様なのは日本の男たち。
今どきフィリピンパブに通い詰め、女を追いかけてフィリピンまで行ってしまうような男には、ロクなやつは居ない。 その昔、フィリピンへの売春ツアーが存在した時代には、ヤクザ系の客が多かったらしいのだが、現在はせいぜいチンピラ程度。

「この飛行機が堕ちたら日本のために有益だろう。いや、もっと具体的に、この飛行機が堕ちることを願っている人々も多いかも知れない。」
そんな客層だった。

飛行機が飛び立つと、スチュワーデスによる機内販売が始まった。
おそらく最年長と思われる日本人スチュワーデスが、ニヤニヤ笑いながら俺に近づいて来る。

「フィリピンの恋人にJALオリジナルエプロンのプレゼントはいかがですか。」
「いや、そう言う状況じゃないんです〜。」
「失礼しました。それでは奥様ですか?」
「いや、僕は単なる観光客なんです〜。」
そのスチュワーデスは全く信じていない様子。
無理もない。機内にはそんな客ばかりなのだ。

マニラ空港に着き、税関を出たあたりで成田からの便で来る仲間を待っていると、同じ便に乗っていた乗客がゾロゾロと空港を出て来た。
フィリピーナ、日本人男性、そのほぼ全員の手荷物に、「日清シーフードヌードル」の段ボール箱が含まれている。
フィリピン人はこれが大好きなのだ。フィリピンへのお土産の定番中の定番だ。
ここで誤解のないように言っておくと、

「フィリピン人はカップラーメンが好きで、その中でも特にシーフードヌードルが好き。」
〜と言う訳ではない。
「日清シーフードヌードル以外のカップ麺には見向きもしない。」
とにかくこの味でなければならないのだ。

マニラ空港の手荷物用カートの大きさは、おそらく世界一だろう。
もちろん、成田空港サイズの一般的なカートもある。
しかしマニラ空港にはタンスが5〜6個まるまる入ってしまうような、巨大な車輪着きのカゴがある。
実家に帰国するフィリピーナは、これに家族へのお土産を満載して空港を出るのだ。これでは家族もトラックで迎えに来なければならないだろう。 
フィリピーナの多くが、空港で何万円もの税金を払って日本製品を持ち帰るのだ。

「それならばフィリピンで買った方が安いのではないか?」
大らかなフィリピン人は、そんな細かい計算はしない。

成田からの便が遅れている。
俺は煙草が吸いたくなって空港係員に聞いた。

「喫煙コーナーはどこですか?」
「外だ。」
俺は外に出て煙草を吸い、再び空港に入ろうとすると、ガードマンに静止された。
「ノー、駄目だ。空港に入れるのは搭乗客だけだ。」
これでは待ち合わせができない。俺はガードマンの説得を始めた。
「俺は今到着したところだ。この中で別の便で来る仲間と待ち合わせしているんだ。中に入れてくれ。」
「パスポートを見せろ。」
ガードマンはパスポートで俺の名前を確認すると、意味ありげなニヤニヤ笑いを浮かべた。
「オー、ヒロシ、We are friend. 俺たちは友達だから、特別に中に入れてやるよ。」
ガードマンは右手を差し出す。手の平を上にして、ワイロを要求するゼスチャーだ。
到着早々からこんなやつに金を取られていてはキリがない。
しかしよく見ると、そのガードマンは落ち着かない目をしている。周りに様子を悟られないように、キョロキョロあたりを見回しながら小さく手を差し出しているのだ。
そうか、このガードマンは、ワイロを要求しているところを上司に見られたらまずいのだな。
そこで俺は彼の手をギュッと握りしめた。彼が握手しようとしたと勘違いしたフリをして、こちらも大袈裟なゼスチャーで答えた。
「オー! サンキュー! You are my best friend! サンキュー! サンキュー! サンキュー!・・・・・・」
この場合、相手に喋る隙を与えてはいけない。こちらが喋り続けることが肝要だ。
俺はそのままの勢いで空港に入った、ガラス戸の外ではガードマンが唖然とした表情で俺を見ている。
東南アジアの旅はスリリングで面白い。
つづく。

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