信州時又「初午はだか祭り」2001

by チャーリー岸田

 その日最初に寺に集まったのは昭和35年生まれの男たち。この正月で皆数え42。厄年だ。
 部屋には何十本もの一升瓶が並べられ、テーブルの上にはとても食べ切れないほどの料理。
 21人厄男たちは、たった今家で朝飯を食べて来たばかりと言うのに、恐ろしい勢いで酒を飲み料理を掻き込む。  

「今のうちに腹作っとかんと、身体が保たんに!」
 そうだ。これから冷たい水に入るには、腹がパンパンになるまで食っておかなければ、とても寒さに勝てない。
 しかし、いくら飲んでも酔えない。部屋の中でも息が白くなるほどの寒さなのだ。
 ここは信州山奥の小さな町。地元の人は「陸の孤島」とも「日本のチベット」とも呼んでいる。雪が積もれば外に通ずる道は全て閉ざされ町は孤立する。つい先週にも、3日間町が閉ざされて町の全ての商店から生鮮食料品が消えた。
 その昔この町の人々は、信濃の木を切り筏に組んで天竜川を下り、静岡まで運んだ。今でもこの町から陸路静岡に行くのは半日掛りの大仕事だが、未だにこの町の方言は静岡の言葉と同じだ。
 この山間の町「飯田時又」で、人知れず過酷な祭りが古くから行われている。
 その昔木材を流した時又港から、裸の男たちが神輿を担いで雪解けの天竜川に入って行くのだ。
 田舎町の同年代が集まったこの寺の中はまるで同窓会。21人の男達のうち20人は皆小中学校の同窓生。残りの1人は、わざわざこの祭りのために遥々関東からやって来た変わり者(俺)。しかし、これから同じ神輿を担ぐ同士の間には既に連帯感が芽生えている。
 フスマが開き、祭りの世話役らしい年配の男性が入って来た。
 「今年はおまえらが厄男か。どおりで空が荒れとる訳だ。悪ガキが揃っとるからに。バチが当たったに。はっはっは!」
 この山間の町では、下界とは反対にこの世代には悪ガキだった男が多いらしい。
 外は相変わらずの吹雪。とても止む気配はない。おまけに風も強まって来たようだ。この中央アルプスと南アルプスに挟まれた山間の町では、3月といえばまだまだ冬本番。昼になっても気温は氷点下の世界。
 本当にこの天候でも祭りは決行されるのだろうか? この冷たいみぞれ混じりの吹雪の中で、俺たちは裸で神輿を担いで町内を練り歩くのだろうか? そして本当に天竜川に入って行かなければならないのだろうか?

 「そろそろ厄払いを始めます。厄年の方は本堂に集まって下さい。」
 俺たちはぞろぞろと本堂に向かった。
 本堂の祭壇には火が焚かれ、坊さんが炎に向かって大きなゼスチャーと共にお経を捧げる。
 この寺では、鐘の代わりにでかい和太鼓が置かれ、若い坊さんがお経に合わせてドンドンと太鼓を叩き続ける。
 どうも我々が法事などで聞き慣れた仏教のお経とは様子が違う。お経は鎌倉仏教の影響を受けた下界の仏教のような洗練されたリズムのものではなく、もっとプリミティブで密教的な雰囲気が強い。また、若い坊さんが叩く太鼓のリズムも、まるでギニアのジャンベのような原始的な旋律。これが長野の山岳仏教だろうか?
 しかし俺にはそんなことに感心している余裕は無かった。このお寺の本堂は後がオープンになっており、外と同じ気温。歯がガチガチと鳴るほどの震えが止まらない。これでは祭りが始まる前に凍えてしまう。
 長い長いお経が終わると、そのままパンツ一枚の祭り装束に着替えて、いよいよ神輿の出陣だ。
 祈祷が終わると他の世代の男たちも集まっていた。この祭りへの参加は数え42歳の厄年が最後。俺たちも来年からは神輿を担ぐことができない。年寄が参加すると心臓麻痺で死んでしまう可能性が強いからだ。厄を過ぎた男たちは、翌年からは祭りの裏方に回る。
 神輿を先導する祭りの大将は、来年厄年になる男から選ばれる。そして俺たちの世代が一番の年寄りとなる。

 神輿の隊列は寺を出て霙の降る町を練り歩いた。
 厄年の男たちの担ぐ神輿は金色の達磨の乗った「厄神輿」。その下の世代の男たちはそれぞれいくつかの神輿に分かれて町を練り歩く。
 例によって、道端には手桶とヒシャクを持った町の衆が集まり我々に水を掛ける。昨年の祭りではこれが死ぬほど冷たく感じられたが、今年は何ともない。そりゃそうだ。これだけ激しく霙が降り続いていれば、今さら手桶の水など物の数ではない。
 また、でかいウチワを持ったおっさん達が神輿を担いだ俺達を扇ぐが、これも全然効果がない。朝からの強風で、ウチワを使わなくても十分寒いのだ。
 神輿を担いで少しだけ身体が温まって来た頃、神輿を置いて休憩が入る。この寒さでは休憩などしたくはないのだが、町の辻々で神輿を置いて何度も坊さんのお経を聞かなければならない。お経を聞いているうちに、どんどん身体が冷えて来る。
 俺には最初、少々の期待があった。昨年の晴れの天候とは違い今年は強烈な吹雪。少しは寒さを和らげるような気配りがあるのではないか? たとえば、町を練り歩くコースを短縮するとか、途中でお経を聞く時間を短くするとか、河原に焚火があるとか。
 しかし何も無かった。ただ淡々と予定どおりの儀式をこなして行くだけだ。とにかくこの祭りは徹底的に寒さと対峙させられるのだ。

 やがて神輿の隊列は天竜川の時又港に入る。南アルプスと中央アルプスの雪解水で、川は増水して激しい流れとなっている。これからこの川に入って行くのだ。
 そこでまた、厄年の男たちだけが河原に整列する。これから厄払いの儀式として川の水を掛けられるのだ。

 「へへーんだ。これだけずぶ濡れになっちまえば、もう水なんて寒くも何ともないぜ!」
 ザブーン!
 「ひ・ひ・ひぇーっ! 冷てえっ!」
 天竜川の雪解水の冷たさは、雨や霙の比ではなかった。心臓が止まりそうになる。
 そして再び神輿を担ぎ、神輿の列は大きな掛け声と共に順次川に突入する。
 「ウォオオオオーッ!!!」
 こうなればヤケクソだ。皆カラ元気を振り絞って勢い良く川に入って行く。

裸祭り

 「そこまでだ! それ以上沖に行っちゃいかん!」
 祭りの執行委員である年配の男達が叫ぶ。しかし勢いの付いた男達は止まらない。
 ズルッ!
 いきなり足を滑らせ、肩まで川に浸かる。
 この季節の天竜川は、増水した流れで底がえぐれ、川底が不安定な地形になってるのだ。浅瀬を進んでいても突然深みにハマる。安全に祭りを遂行するには、腰までの深さが限度なのだ。
 足を滑らせた男は神輿にしがみ付いて大勢を立て直す。
 神輿が川から上がると、河原で再び隊列を整え直してまた川に向かう。これを何度も繰り返す。この「入ったり出たり」が一番きつい。川に入りっぱなしの方が寒さに慣れて辛くないのだ。
 しかし、水に入れば既に冷たさは感じない。この水温では「冷たい」と言うよりも、ひたすら「痛い」と言った感覚なのだ。身体中を鞭で打たれているような痛みが走る。これを二度三度と繰り返すうちに、下半身の感覚が無くなって来る。どうして足を動かして前に進めるのか不思議なくらいだ。ただ闇雲に足を前に出すだけで、自分の足がどこにあるのか全く判らない。
 そして神輿は再び寺へと向かう。寺ではまた濡れた身体のまま、儀式の締めくくりの長い長いお経を聞くのだ。高台にあるお寺は、やたらと風が強いのだ。
 見上げた空には、真冬の澄んだ空気の向こうに、雪を戴いた南アルプスの山並がくっきりと浮かんでいた。

 終わり

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