Phuket King's Cup 2000 (2)
by チャーリー岸田
part-2 「ロングテール」
第1レースの朝、我々には最初の難関が待ち構えていた。
沖に停泊したヨットに乗り移るために、地元漁師の渡し船、通称『ロングテール』を雇わなければならないのだ。
この値段がここ数年高騰している。
5年前には相場で20バーツ(1バーツ:約\2.6)、交渉次第では10バーツで乗れたものが、2年前には50バーツになり、今年は500バーツを要求して来る。
浜の元締めが値段を決めているようで、レース中は市場が寡占状態。なかなか値切り交渉に応じない。
目の前に見えている船に渡るだけで、\1,000以上も取るのはボッタクリだ。
ここで俺たちは作戦を考えた。
連中だって商売だ。少々値切られたって、毎日安定した収入があった方が良いに決まっている。
レース中、通しで同じ船を雇うことにした。そうすれば値切りにも応じるだろうし、我々も毎日値切り交渉する手間が省ける。
若いビーチボーイと交渉しても、やつらは目先の事しか考えていない。一番年嵩と思われる、サングラスを掛けてヒゲを生やしたオヤジと交渉した。
「300バーツでどうだ?」
「駄目だ。500バーツだ。」
「これからエブリディ君を雇うぜ。明日も明後日も君の船に乗る。他の船は雇わない。だから毎日ワンウェイ300バーツでどうだ。」
「????????」
話が通じていない。
「レースが終わるまで毎日300バーツだぜ。」
「駄目だ500バーツだ。」
「明日も雇うって言ってるんだ。そのくらい負けろよ。」
「????????」
やっぱりそうだ。この人たちには『明日』と言う概念が存在しないんだ。
東南アジアは地球上で一番豊かな土地だ。空から勝手に果物が降って来て、地面からは勝手に米が湧いて来る。ここの人たちは何千年もの昔から『飢え』と言うものを知らないんだ。
おまけにこの地方は一年中夏。秋も来なければ冬も来ない。今日一日を楽しく暮らせれば、明日の事など考える必要もない。この人たちの生活には計画性など必要ないのだ。
我々は作戦を変えることにした。明日の話をしても通じないのであれば、とりあえず今日の話をしてみよう。
「よおし! それじゃあ、今日の帰りも君たちを雇う。行きと帰りで600バーツだ。」
「600バーツ? オーケェーイ!」
いきなり話がまとまってしまった。
片道300バーツが駄目で、どうして往復600バーツがOKなのだろう? 行きも帰りも500バーツで押し通した方が、このオッサンには有利ではないか?
もしかしたらこのオッサンは、『片道600バーツ』と勘違いしているのではないだろうか?
しかし勘違いではなかった。このオッサンは、往復600バーツで大喜びだった。きっと算数が苦手なのだろう。『600バーツ』と言う言葉で舞い上がってしまったのだ。
彼は満面の笑みをたたえ、嬉しそうに我々を沖のヨットまで送ってくれた。
タイ人はこんな連中ばかりだ。だから国の経済の90%を華僑に握られ、彼らは華僑に使われているだけの存在になってしまった。
しかし、それも良いではないか。その日その日を楽しく暮らせるのであれば、それ以上何を望むだろう?
船頭のオッサンの嬉しそうな笑顔を見て、俺たちは空港で見た看板を思い出した。
『微笑みの国 タイランドへようこそ』
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