GWファミリークルージング

by チャーリー岸田

 GWのシリーズレースが終わった翌日、我々は朝から緊張していた。今日はVIPのビジターがやって来るのだ。
 ビジターの顔触れは、横田の奥さん、その娘で幼稚園生の娘スミカ(純花)ちゃん、スミカちゃんの同級生のユウリちゃん、およびユウリちゃんの両親と叔母さん。
 つまり、全員横田関係者である。横田はこのイベントに、家族の再生を賭けているのだ。このイベントによって、千切れ掛けた世界の心と心を繋ぎ合わせることが出来るのか? それとも昨年の「唐津陶芸ツアー」のように、夫婦間の溝を深めてしまう結果に終わるのか?
 堀田オーナー以下JUSTクルー一同は、この日緊張の朝を迎えた。

 しかし、ビジターは本当に来るのだろうか?
 このイベントが実現するまでの過程にも、当然のように山あり谷ありの混乱があり、つい昨日も横田夫妻は電話で大喧嘩したばかりであったのだ。

横田「先週借りたビデオ、返し忘れちゃったんだ。悪いけど、
    いつものビデオ屋に返しておいてくれないか?」
 「嫌っ!」
横田「なんでだよう! 明日になると延長料金取られちゃうん
    だよう! ビデオ屋なんてすぐ近所じゃないかあ!」
 「あなたが遊んでいるときに、なんで私だけがそんな事しなくちゃいけないのよ?
   あなたが延長料金払えば済む話じゃない。」
横田「てめえ! なんて女だ! てめえなんざ、明日来るんじゃねえ!」

 しかしこの朝、一行はやって来た。横田妻も、娘の同級生とその家族に声を掛けてしまった手前、前日になってドタキャンする訳には行かなかったのだ。
 我々は、最大級のVIP待遇を持って、一行の接待に奔走した。
 一番頑張っていたのは堀田オーナー。実は堀田オーナーは横田夫妻の仲人であり、彼ら夫婦の再生に使命感を燃やしていたのだ。セイリング中、オーナー御自らギャレーに向かい、ひたすら料理に専念していた。
 萩原、岸田もビジターの接待に当たり、操船を担当したのはJUST新人クルーの北大ヨット部OB農村青年トリオ。
 北海道大学と言えば爽やかなイメージがあるが、この3人は皆「学連崩れ」(注1)。爽やかとは程遠い、濃いキャラクターと外見を持っている。JUSTの古参中年クルーにも負けない濃さである。

 適度な風を受けて、船はヒールした。

「こちら側は風下になって危険なので、反対側に移って下さ〜い。」
 大人たちは皆風上側に移動したが、スミカちゃんとユウリちゃんだけは、風上側に行きたがらない。原因はすぐに判明した。風上側のコクピットに並んでいる北大トリオの顔が恐いのだ。
「おまえら、恐い顔するんじゃねえ! 笑えっ!」
 北大トリオは3人揃って「ニッ」と無理な笑顔を作る。その顔を見た子供たちは余計に恐がって、風下側のライフラインにしがみ付いた。

 しかし、このような経緯といまいちなメンバー構成であるにも係わらず、セイリングは和やかなものになった。
 この日の適度な軽風と、強すぎない日差しのお蔭ばかりではない。子供達の元気な姿が、会話に詰まった大人たちの間を持たせてくれたのだ。このとき我々は、「子はカスガイ」と言う言葉を噛み締めていた。

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 数時間のセイリングの後、陸に上がって芝生の上でランチタイムとなった。
 子供たちは船の上に居たときよりも元気になって、芝生の上を走り回った。子供の存在がその場の雰囲気を和ませ、今日のイベントは大成功の気配を濃厚にしていた。
 ・・・と、そのとき、北大OB一号の石川が、うっかり口を滑らせた。

石川「ところで横田さん、結局ビデオは返しに行ってもらえたんですかぁ?」
 一瞬、その場の空気が固まった。
堀田オーナー「うひゃー! き・きみは何てことを言うんだね。」
横田妻「潔さん、あなた私の居ないところで、そう言う話をしていたのね!」
 横田妻の目は笑っていなかった。
横田「ひゃああ! これで今日は晩飯抜きだあ!」
 ビジターが帰り、船の後始末を終えた後、岸田と横田は二人でトンカツ屋に向かった。横田は『おろしロースカツ定食』を食べながら、ポツリと呟いた。
横田「今日は奥さんが寝た後で家に帰ろう。玄関のチェーンが閉められてたら、
    また車で寝ればいいや。」
   横田の顔には疲労の色が浮かんでいた。

 おわり

<注1>「学連崩れ」

 「学連」とは、「学生ヨット連盟」の略。外洋ヨット界において、学生時代にヨット部に所属していた人物を「学連崩れ」と呼ぶ。
 一般のスポーツ界においては、学生時代から体育会系のクラブでその競技を続けていた人物は一目置かれる傾向があるが、外洋ヨット界ではその逆。
 社会人からヨットを始めたセイラーに比べ、学連崩れは貧乏臭くて濃い雰囲気のセイラーが多く、どちらかと言うとあまり人気がない(例 : 小松、横田、岸田、栗原、野呂チュー太郎、倉橋旦那)。
 学生時代からヨット活動を行っていても、大学のクラブではなく、最初から外洋レーサーの世界に居た人物の方が、スマートなイメージがある(例 : 宮地)。
 ただし、世の中には常に例外が存在する。どう見ても学連崩れ系の濃いキャラを持ちながら、実は外洋クルーザーからのエントリーである人物も稀に存在する(例 : 鹿児島のSea-laさん)。

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