グラシアな一日

byチャーリー岸田

Break Gracia Love Again
〜 『グラシアな一日』 〜

 9月20日夜。五十嵐、岸田、萩原の3人は、翌日のフリートレースに備えて、三谷の県営ハーバーの「アングラー」の中で、横田を待っていた。

「横田の野郎、遅いなあ。」 
「電話してみようか?」 
横田の携帯に電話をかけると、彼は泥酔状態で、ロレツが回っていなかった。 
「今日は飲み会なんすよ。終わったら行きますよ。」 
「そんなに飲んでて大丈夫か。」 
「バッチリっすよ。」 
俺達は横田を待ちきれず、0時過ぎに寝てしまった。 


翌朝未明、横田はJAFのトラックに乗って登場した。 

「横田。車はどうしたんだ?」 
横田は力無く答えた。 
「JAFが持ってった。」 
詳しい話を聞いてみると…… 

昨夜横田は飲み会終了後、三谷に向かって三ヶ根山を暴走中、車の左側面をガードレールに接触。その反動で右側面も右側のガードレールに激突し、そのまま数回左右のガードレールに当たった後、道路の側溝にはまって停止。 左右の側溝に引っ掛けてタイヤは4輪全てがパンクし、全てのホイールがひしゃげ、ボディーはベコベコ、シャーシはガタガタ。早い話が木っ端微塵だった。 
幸いにも警察は、酒気帯びについては追求しなかったそうだ。 

五十嵐「キャハハハハ!そりゃ廃車だな。修理しても100万はかかるぞ。」 
岸田 「いつかやると思ったんだ。死ななかっただけでもラッキーだな。」
岸田、五十嵐、萩原の3人の考えは一致していた。横田がこのまま生活態度を変えなければ、近いうちに人身事故を起こすか、自爆して事故死してしまうことは間違い無い。この事故を機会に酔っ払い暴走運転の習慣を止めさせなければならない。俺達 は横田に反省を促すため、徹底的に罵倒する方針に決めた。

21日のレースは島回りロングディスタンスの快晴微風。レースの間じゅう、デッキの上では事故の話に花が咲くことになった。

岸田 「ところでぶつけたのはどっちの車だ?」
横田 「グラシア。」
岸田 「グラシアって、あの今年の5月に新車で買ったばかりのピカピカのやつか? 子供のために禁煙車にしていた方の? 300万円以上した。」
五十嵐「ところで車両保険は?」
横田 「入ってない。」
五十嵐「キャハハハハ! グラシアのゴアボディってのはな。乗員の安全性は高いけ ど、修理代は高いんだ。衝撃を吸収しちゃうから。」 
岸田 「わはははは! 廃車だな。」 
萩原 「ウケケケケッ。」
岸田 「それから先週の歌舞伎町のボッタクリの話を聞かせてくれよ。15万円の。」
横田 「俺がこんなに落込んでいるのに、何で思い出したくない話ばかりするんだよ う!」
岸田 「君の人生の流れを変えるためだよ。」
横田 「あの日歌舞伎町で、深夜3時にポン引きに声を掛けられたんだ。7千円だっ て言うからついて行ったんだ。もう飲みすぎて思考能力が無くなっていたから。 そして終わったら15万円だって言うんだ。それは話が違う。って言ったら、 でかい男が4人も現れて、押えつけられて……」 
五十嵐「キャハハハハ!」 
岸田 「わはははは!」
萩原 「ウケケケケッ」
横田 「ひ・ひでえ。皆んな人の不幸を喜びやがって。」 
岸田 「何言ってるんだ。試練はこれからだ。今日家に帰ったら、奥さんがどんな顔 をするのか楽しみだよな。」
横田 「ああ、それだけは考えたくない。女房は俺の身体の心配なんてしてくれるはずないし、車のことで責められるだけだ。」
五十嵐「横田家には愛が無いからな。家庭崩壊かもな。キャハハハハ!」
横田 「重い。重過ぎる。独身の頃はRX7を廃車にした時も、ヘラヘラ笑っていら れたけど。所帯持ちになっちゃうと、この事故は重過ぎるんだ。」
五十嵐「今頃気付いたのか? ファミリーの重さに。」
岸田 「失ったものは車だけじゃ無いかもしれないな。いい勉強になったな。」



帰港後、横田は恐る恐る自宅に電話を入れ、事故について妻に説明した。
すると電話の向こうで横田の妻は答えた。

横田妻「車のことより身体の方は大丈夫なの? 怪我はしてないの?」 
横田の表情が一変した。
横田 「にょ・女房が俺の身体の事を心配してくれた。300万円の車よりも俺の命の方を大事に思ってくれたんだ。まだ愛は消えていなかったんだ!」 
横田は感動に声を震わせていた。この事故をきっかけに、酔っ払い運転を止め、夫婦の愛情を確認できたのだとすれば、車の一台くらい安いものだ。 横田は晴れ晴れとした顔で呟いた。
横田 「いやあ、いい天気だなあ。ああ、ビール飲みてえ。」
岸田 「何言ってんだ。ここで酔っ払って家に帰ったら、トドメを刺すようなもんだぞ。」
横田 「大丈夫っすよ。俺達夫婦の愛は完璧なんですから。」
そのまま横田はハーバーを後にした。帰路、彼が酒屋に寄ったか否か。誰も知らな い。

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