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フィリピンな人々 (サプライズド フィリピナス番外編)
by チャーリー岸田
 
その2 - 庭師
庭師

 この写真はマリアとリンダの実家で働く庭師。

 彼は便宜上とりあえず『庭師』と言うことになっては居るが、実は造園技術を持っている訳でも何でもなく、熱帯の気候の中で成長し過ぎた庭の木の枝を切る他に、草むしりをしたりゴミの処分をしたり、その他雑用一般を請け負っている。早い話が用務員だ。固定給をもらっている訳ではなく、毎日この家の庭をウロウロして何か仕事を見つけては雑用をこなし、その都度チップをもらっているのだ。

 この家もフィリピンの一般の家庭と同様に大家族であり、用務員を雇わなくても家族で全ての用事は済ませることができるのだが、わざわざ彼に仕事を与えるのも一種の人助けである。彼には他に仕事がないので、この家の家族が雑用を任せて彼に生活費を与えている訳だ。これもフィリピン人の言う『ハテハテ』(皆で平等に分けあうと言う意味)である。決して裕福とは言えない家でも、日本からの仕送りで若干の余裕があれば、その分を貧しい人々に分け与えるのだ。


 この『庭師』は口が不自由で、頭も少々弱い。しかし言葉が使えない分、身振り手振りでコミュニケーションを行う方法には長けており、そのため我々のような現地の言葉が判らない外国人には、逆に意思の疎通が取り易い訳だ。我々が現地に滞在中、このオッサンはずーっと我々の側に居た。フィリピン人よりも我々の方がお金を持っているから。

 我々がビールを飲もうとすると、すぐにこのオッサンがやって来てビールの栓を開けてくれる。何故か全抜きの無いこの国では、外国人にとって彼は便利な人材である。そのときのチップはビール1本。つまり彼は我々とほぼ同じ本数のビールを飲んでいた訳だ。この国のビールは1本30円程度。日本人の感覚ではチップとして高過ぎることはないと思うのだが、我々の滞在中このオッサンは随分と良い思いをしたようだ。

 皆が彼を『ペペ』と呼んでいるので、それが彼の名前だと思っていたのだが、実は『ペペ』とはこの国の言葉で『口が不自由な人』と言う意味なのだそうだ。

社長 「それは差別用語ではないか! そんな名前で呼んじゃいかん!」
リンダ 「だって、名前が判らないから、それ以外に呼びようが無いんだもん。」

 彼は口が聞けない上に字も書けないので、自分の名前を周りの人々に伝えることができないのだ。

 そこで我々は彼を『栓抜きマン』と名付けた。ビールの栓抜きのテクニックが上手いから。彼も意味が判らないまま『センヌキマン』と言う異国的な響きのあるこの呼び名が気に入っているようだ。


 彼がどこで生まれ、ここに来るまでにどこでどうして暮らしていたのか? それは誰も知らない。ある日フラフラとこの村にやって来て、景気の良さそうなこの家の雑用を手伝うようになり、そのままこの村に住み着いてしまったのだ。それまではホームレスのような生活をしていたらしいのだが、現在はとりあえずこの村のどこかでちゃんと屋根のある場所で寝ているらしい。

 彼はこの家の家族でも何でもないのだが、リンダの同窓会にもマリアのバースディ・パーティにもさりげなく参加していて、大喜びでビールを飲みまくっていた。彼の収入では普段は酒を飲むことも難しいようだ。また、この家の家族も彼がパーティに参加することを拒んだりはしない。来る者は拒まず。誰でも皆が平等に分け合うのがこの国のモラルである。

 マリアのバースディ・パーティのとき、岸田は彼に頼んだ。

岸田 「灰皿を持って来てくれないか?」

 すると栓抜きマンは身振り手振りで言った。「灰皿は要らない。吸殻は地面に捨ててくれ。どんどん捨ててくれ。そしてこの庭をどんどん汚してくれ!」

 パーティで庭が汚れれば、次の日掃除をするのはこの栓抜きマンである。庭が汚ければ汚いほど掃除のチップが増える。彼はそれを期待しているのだ。パーティの出席者が庭に吸殻やゴミを捨てる度に、彼は大喜びしていた。ちゃんと明日の収入を計算していたのだ。


 我々がフィリピンに到着した日、マリアとリンダから、同居の家族や集った親類にお土産が配られた。そのとき、普段は庭をウロウロしている栓抜きマンがさりげなく家の中に入って来て家族へのお土産を羨ましそうに眺めていた。そこでマリアの長男が、自分のもらったお土産の中から一枚のTシャツを分け与えると、栓抜きマンは大喜びで受け取り・・・・・・そしてそのTシャツを裏庭のどこかの秘密の場所に隠しに行き、手ぶらで帰って来る。そしてまだ何ももらっていない振りをしながら、今度はマリアの次男へのお土産を羨ましそうに眺め、マリアの次男からも分け前を貰い、そしてそれもまた秘密の場所に隠し・・・・・・。それを何回も繰り返していた。どうやら彼は家族の全員から分け前をせしめたようだ。

 栓抜きマンはその『何ももらっていない振り作戦』で、実は家族の誰よりも沢山のお土産をせしめていた。横で見ていると、家と裏庭を行ったり来たりしている彼の作戦はバレバレなのだが、それでもこの家の家族は皆が彼にお土産の分け前を与えていた。単純に彼の作戦にはまっているだけなのだろうか? それとも、彼の作戦は判っていながら、その物欲しげな視線に負けてしまうだけなのだろうか?  とにかくマリア&リンダの帰郷と日本人の来訪を一番喜んだのが、この栓抜きマンであることは間違いないようだ。



つづく


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