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フィリピーナを愛した男達(Vol.2)
by チャーリー岸田
Part-2『フィリピン料理』

 披露宴の翌日、俺達はカラッポの財布と暑さで朦朧とした頭を抱え、首都マニラを離れ、リンダの故郷『ブラカン』へと向かった。

 車はハイウェイを降り、水牛と山羊しかいない大草原を走り続けた。『フィリピンの一般的な農村』と聞いていたが、これは『農村』と言うよりも『秘境』だ。俺達は映画『インディー・ジョーンズ』のテーマソングを口ずさみながら覚悟を決めた。

「もう何があったって驚かないぞ。」

 小さな橋を渡ったところにリンダの家はあった。

リンダ 「昔はこの橋も無かったよ。私達は毎日この川を泳いで学校に通ってたよ。帰りに魚を捕まえて晩御飯にしたよ。」
社長 「着替えはどうするんだ? 学校に置いておくのか?」
リンダ 「フィリピンは暑いよ。服なんてすぐ乾いちゃうよ。」

 家に着くと、弟のサムが椰子の木に登り、実を幾つか落とした。この椰子の実の中のジュースを氷で冷やして飲む。フィリピンのウエルカム・ドリンクだ。

 家ではリンダのおっかさんが、フィリピン料理『カレカレ』を作って待っていた。さっそくランチタイム。ここでどこからともなく、大勢の現地人が家の中に入って来た。なんだこの連中は?

 フィリピンでも田舎は昔の日本の農村と同じ、親兄弟親類縁者一族郎党が隣近所に固まって住んでおり、今日はこの家でお客さんのために御馳走を作っていると言うので、その連中が集まって来たのだ。田舎の農村は子沢山で、やたらと沢山いる親類がそれぞれ5〜6人の子供を連れて来るのだから堪らない。俺達のような珍しい外国人は絶好の子供のオモチャだ。

 カレカレはなかなか美味かったが、この騒がしさには参った。おまけに今この村では村長選挙の最中と言うことで、ランチタイムに候補者とその支持者が家の中に入って来て演説を始める。俺達にもタガログ語でなんだかんだ言って来るのだが、俺達には選挙権が無いんだから関係ないだろう。

 しかし、そうでも無いらしい。大掛かりな国政選挙ならばいざ知らず、田舎の村の選挙では、選挙権だのなんだのと面倒な事は言わず、投票日にこの村に居れば誰でも投票できるらしい。リンダの親父さんは、投票日まで家に居てくれ。と言うが、とてもそんなに休みは取れない。


 昼食後、俺達は庭先の木陰で伸びていた。

社長 「いやあ。毎日こってりしたものばっかり食ってるから糞が出ないよ。」
岸田 「牛乳飲んでないからですよ。来る途中に寄ったスーパーマーケットで探したんだけど、牛乳は置いてませんでしたねえ。」
リンダ 「ミルクが飲みたい? それならすぐ有るよ。」

 彼女は家の裏庭に行き、コカコーラの空き瓶にたっぷりと水牛の乳を絞って持って来た。

リンダ 「全部飲んでいいよ。足りなかったらまた絞って来るから。」

 贅沢さえ言わなければ、とりあえず必要なものは揃うらしい。


 その日の晩、またまた騒がしい連中がやって来た。弟のサムの遊び仲間、近所の若い衆が、ギターと椰子の実で作った酒を持ってやって来たのだ。お客さんの歓迎を名目に宴会をするのだ。この連中は仲間の誕生日だとか色々な言い訳を作っては宴会ばかりしている。今回は日本人に気を使って、彼らにとっては高価なビールまで持って来ていた。

 庭先に椅子を並べ、俺達日本人は日本から持って来た大量の蚊取線香を椅子の回りに配備した。

 通訳のリンダが早々に寝てしまったので、言葉の通じない宴会となったが、ギターがあれば言葉はいらない。フィリピン側の演目は、現地でポピュラーなスキヤキソング(坂本九ちゃんの『上を向いて歩こう』のタガログ語バージョン)と、藤圭子の『夢は夜開く』タガログ語バージョンで始まった。日本側でギターが弾けるのは社長だけなのだが、それも大昔の学生の頃にやっていただけなので、フォークソングしかできない。結局両者の歌えるビートルズのメドレーとなった。やはりこんなときには世界共通の言語であるビートルズが交流の要だ。


 日本や欧米の宴会では、ホストが客に『そろそろ帰ってくれ。』なんて言うことは無く、客の方が頃合を見計らって帰って行く。しかし、フィリピンでは逆にホストから『Party is over.』を宣言する。その前に客が勝手に帰るのは失礼に当たるらしい。

 この場合、この家の者であるサムがホストということになるのだが、彼は酔っぱらってダウン。深夜になり酒の弱いアジア人どうし、もう眠くてしかたがないのだが、誰も帰る訳に行かず、宴会は我慢大会となってきた。最後に社長がParty is over.を告げたときは、すでに3時を過ぎていた。


 翌日、俺達がいつものように庭先の木陰で寝ていると、リンダが放し飼いにしている鶏を捕まえ、馴れた手付きで首を捻って殺し、羽根を毟りはじめた。

リンダ 「今晩はチキンだよ。うちのお母さんのチキン料理は最高だよ。」
社長 「ひぇー! また肉かよ。もうあんまり食べられないんだ。」
リンダ 「魚の方がいい?」
岸田 「そうだな、日本人はどちらかと言うと、肉より魚なんだ。」
リンダ 「そうか、わかった。」

 リンダが家の者に何か言うと、家の男衆が投網や釣り竿を持って、嬉しそうにゾロゾロと川に出掛けて行った。

「俺に任せてくれ。釣りなら得意なんだ。」
「俺は、こーーーんなにでかい魚を釣ったことがある。」

 これはまずい事態だ。俺達は連日の猛暑と油こってりのフィリピン料理。おまけに昨日の酒も残っていて、食欲なんて完全に無くなっている。もし大漁だったりしたら、連中が得意気に取って来た魚を食べない訳には行かなくなる。どうしよう?


 ここでリンダのおっかさんが買い物籠を持って庭に出て来た。

「あの人達も馬鹿だねえ。この乾期の終わりに川に魚なんて居るわけないじゃない。釣りが得意だとか言いながら、そんなことも忘れてるんだから。」

 リンダのおっかさんは、とっとと市場に魚を買いに行ってしまった。漫画『サザエさん』の例を出すまでも無く、アジアの家庭では、人のいいお父っつあんと、しっかり者のおっ母さんが基本らしい。

 その後、男衆がしょんぼりとした足取りで帰って来たことは言うまでもない。



つづく


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