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フィリピーナを愛した男達(Vol.1)
by チャーリー岸田
Part-1『アジアの女達』

 全てはフィリピンパブから始まった。全従業員数2名のソフトハウスT社の社長(37歳)と専務(33歳)は、『役員会議』、『全社会議』などの名目で、毎晩盛り場をうろつくことを日課としていた。

 スナックのホステスを口説くことに命を賭けている社長。『今世紀最後の路上ナンパ師』と言われた専務。この二人の行状はネオン街では有名だった。

ところが彼らは突然品行方正な人間に変わってしまったのだ。

「どうやらあいつら二人ともフィリピーナに入れ込んでいるらしい。」
「専務の方はフィリピン娘と一緒に住んでるらしいぞ。」

 なんと、この二人は本気でフィリピーナを愛してしまったらしい。

岸田 「社長、噂によると最近妙に大人しいそうじゃないですか? どうしたんですか?」
社長 「おお、そうなんだ。彼女が日本人だったら浮気でも何でもありなんだけど、フィリピン人と付き合っていたらそんなことできないんだ。」
岸田 「ええーっ! 恋愛に人種も国籍も関係ないじゃないですか?」
社長 「フィリピンの女はなあ、男が浮気すると、マニラ湾の夕日のような目をして悲しむんだ。あの目を見ちまったらもう〜。」

社長は遠くを見るような目をしていた。何が『マニラ湾の夕日』だ? 単なる遊び人の不良中年が、いきなりロマンチストになってしまうのは気味が悪い。


 そのうち、専務の彼女『ノラ』はビザが切れ、フィリピンに帰国してしまった。

 その後も専務は手紙や電話でやりとりを続け、また何回もフィリピンに通い、ついに結婚することになった。

 日本から結婚式に参加したのは5名。社長・社長の彼女で東京のフィリピンパブに勤める『リンダ』・新郎の専務・専務の母親・そして岸田。


 マニラに着いて、まずは翌日の結婚式のための衣装合わせ。ところがここで問題が発生。事前に現地で注文していた新郎の母親の貸衣装が、サイズが合わなかったのだ。

ノラ 「私が明日までに直しておきます。」
新郎母 「大丈夫よ。少々きつくたって着られない訳じゃないし。」
岸田 「まだ時間も早いし、貸衣装屋に頼めば修理してくれるだろう。駄目だったら、そこいらへんのテイラーに頼めばやってくれるさ。」
ノラ 「いいえ、これは私の仕事なんです。私のお母さんになる人のドレスなんだから私が直すのが当たり前よ。人には任せられないよ。」
岸田 「しかし、君は新婦なんだぜ。人に気を使っている場合じゃないだろう?・・・」
専務 「無理ですよ岸田さん。この子はこう言ったことになると絶対に譲らないんですよ。」
社長 「それがフィリピンスタイルなのさ。」

 もちろんノラは、ミシンなんて言う高級品は持っていない。夫や家族のために自分のことは後回しにしてしまうのが昔の日本を含めたアジアの女だ。

彼女達『ジャパ行きさん』は、収入の殆どを家族に送金し、残った僅かな生活費を貯めて、帰国の際には家族にお土産を買って帰る。家族のために辛い思いをすることが当たり前と思っているのだ。

日頃ミス・ブランニューデイなJ-Girlを見慣れた俺達J-Boysは、これにはまってしまう。最初は長男の国際結婚に反対していた新郎の母親でさえ、日本で何回か会っているうちに、今ではすっかりノラの大ファンになっていた。


 翌日、俺達はフィリピンの民族衣装『バロンタガログ』に身を固め、マニラ市内のマラテ・カソリック教会の結婚式に参加。その後レストランで披露宴。

 ここでまた問題が発生。招待状を出したのは50人なのに、100人以上の参列者が集まってしまったのだ。フィリピーノにとって招待状なんてあまり重要では無いらしい。楽しそうなことがあれば何も考えずに押し寄せて来る。中には普段全然付き合いの無いような、遠い親戚も居るらしい。

専務 「なんだこれは? フィリピンてのは、いつでもこうなのか? こうなるのが最初から分かっていれば対処できたのに。」
ノラ 「私も知らなかったよ。私のファミリーに、レストランでパーティーした人居ないよ。フィリピンではホームパーティーが普通よ。レストラン使うのはお金持ちだけよ。」

 ここで新婦の父親が登場。

新婦父 「こうなったのは私達の責任ですから、人数の増えた分は私が払います。」

 しかしフィリピンでは、結婚式の費用は新郎側が全額負担することが習わしだ。日本人の面子に掛けても、ここで新婦側の世話になる訳には行かない。

社長 「大丈夫です。ここは俺達でなんとかします。」

 しかし、このレストランではカードが使えない。社長・専務・岸田の3人は、手持ちの日本円を全てペソに替え、レストランと交渉。集まった連中全員に大判振舞いをすることにした。これでマニラの夜の豪遊計画はパーになり、俺達は貧乏バックパッカーに成り下がってしまった。

社長 「クッソー! てめえら好きなだけ食って行きやがれ。」

 問題が解決してみると、ふと別の事を思い出した。そうだいけねえ! 新郎の母親をほったらかしにしていたのだ。余計な心配を掛けてはいけないと思い、新郎の母親には一連のゴタゴタを気付かれないようにしていたのだが、彼女は大丈夫だろうか?

 フィリピン式の披露宴は、両家の親族は一般参列者と離れたメインテーブルの側の席に座る。海外旅行が生まれて初めてという新郎の母親は、俺達と離れてたった一人でフィリピーノに囲まれて、亡くなった旦那の遺影を握りしめて心細い思いをしているのではないだろうか?

 俺達は慌てて披露宴会場に戻り、新郎の母親を探した。


 ところが新郎の母ちゃんは、新婦の母ちゃんと二人で妙に盛り上がり、時折笑い声をあげていた。新郎の母ちゃんは、日本の田舎に行けばいくらでも居るような、普通の田舎のおかみさん。英語なんてチンプンカンプンで初めての海外旅行に不安を抱いていたのだ。新婦の母ちゃんも、フィリピーノには珍しく英語が苦手でタガログ語しか解さない。いったいあの二人は何語で話しているのだろう?

リンダ 「日本語とタガログ語でちゃんとコミュニケーション出来てるみたいよ。通訳なんていらないみたい。」

 世間話を生きがいとする、似たようなアジアのおばさん達にとって、言葉の壁なんてものは、ものの数ではないらしい。


 後日、このトラブルを知った新郎の母は、俺達に言った。

新郎母 「すっかり世間話に夢中になっちゃって、何も気付かなくてすみませんでしたねえ。でも、あなた達、水臭いじゃないの。そういう問題があったのなら私に言ってくれれば良かったのに。こんなこともあろうかと思って、お金なら十分用意して来てたんですよ。」

 ニッポンのおっかさんも、まだまだ捨てたものじゃない。ここにも逞しく生きるアジアの女が居た。



つづく


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