ベトナム紀行
チャーリー岸田

その7 - 怪物ランド

 その夜我々は晩飯を終えてホテルに向っていた。

社長 「ギリギリ間に合ったな。この街は警察がうるさいからどの店も閉店が早いんだ。」
 深夜0時を過ぎたホーチミンの街は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返り、真っ暗になっていた。時々すれ違うのは皆パトロールの警官だ。
岸田 「でも、一杯くらい飲んで行きましょうよ。開いている飲み屋は無いのですか?」
社長 「う〜む。この先に一軒在ったかな? 入ったことは無いけど。」
 この社長はあまり酒を飲まないらしい。
 案内された店はOPENしているのかどうかも判らないほどひっそりとしていた。しかしドアを開けると営業中であった。この街では夜の酒場は路上に席を設けたり呼び込みをしたり、大っぴらな営業はできないようだ。我々がカウンターに座ると、突然店の奥から数十人の女性が湧いて来た。皆マイクロミニのボディコン・ワンピースである。
社長 「なるほど・・・。」
 どうやらこの店は実は売春の店であったようだ。お客はこの女性の中から気に入った相手を選び、店外に連れ出す仕組のようだ。
岸田 「まあ、余興としては面白いじゃないですか。」
 別に相手を選ばなくても何も問題はないだろう。飲むだけ飲んで帰れば良いのだ。普通の飲み屋よりは割高だろうが、それでも金額は知れている。
 しかし、周りのおねえさんたちの攻撃は凄まじかった。我々3人の周りに群がった数十人の女性たちは、後から肩を揉んだり腰を揉んだり膝に跨って来たり両サイドから迫って来たり激しくアピールを続ける。おそらくこの女性たちは客にテイクアウトされなければお金にならないのだろう。勤勉で商売熱心なこの国では、夜の酒場まで必要以上に商売熱心なのだ。
専務 「なんだこの連中は! こらっ! うるさいっ! もっと離れろっ!」
岸田 「判った判った! ちょっと静かにしてくれっ!」
社長 「・・・・・・。」
 店内は照明が暗く状況が認識できない。ただ周りに群がるおねえさんたちの香水の匂いだけが激しく鼻を突く。しばらく経って目が慣れて来ると・・・・・・。
岸田 「げげげっ! オバケ屋敷だぁ!」
専務 「怪物ランドだぁ!」
社長 「ひぇ〜っ!」
 絶え間なく我々に群がって来る数十人の女性達は、皆おそらく我々と同年代のオバンであった。おそらく我々より年上の女性も居るだろう。そんな連中が皆厚化粧にボディコン・ワンピースで迫って来るのだ!
岸田 「とりあえず一杯飲んだら帰りましょう!」
社長 「おう。」
 我々が彼女たちをテイクアウトする気配がないので、おねえさんたちは更に激しくアピールして来る。その中の一人がいきなりパンツを脱いだ。そしてヘソの上までスカートをまくり上げて岸田に向って突進して来る。
岸田 「わあああああああ〜っ! 来るな〜っ!」
専務 「どうしたっ?」
岸田 「このおねえさんが・・・パンツを脱いで・・・。」
専務 「わははははっ! そこまでやるかっ?」
社長 「わははははっ!」
 岸田は恐かったのだが、他の2人から見れば笑い事である。しかし日本語の判らない姐さんたちは、このパンツを脱いだ姐さんが一歩リードしたと勘違いしたようである。皆次々とパンツを脱いでスカートをまくり上げ我々に迫って来る。
岸田 「よせ〜っ! その格好で膝に跨るな〜っ! ズボンに染みが付く〜っ!」
専務 「わああああああーっ! 来るなーっ! 来るなーっ!」
社長 「ひぇ〜っ!」
 我々3人はノーパンの姐さん達に、まるで満員電車のように揉みくちゃにされた。
岸田 「社長! 早く出ましょうっ!」
社長 「Tinh tien!!」(お勘定っ!!)
 俺達3人は、お金を払うと転がるように店外に逃げ出した。店の外には誰も追って来なかった。ドアが閉まるとそこには静まり返った暗い街があった。今までの騒ぎが嘘のようだ。
 しかし恐かった。そして誰も次の店に行こうとは言い出さず、黙ってホテルへの道を歩き始めた。

 もしかしたらこの店のおねえさんたちの何人かは、ベトナム戦争の時代から米兵相手に同じ商売をしていたのかも知れない。恐がらずに彼女たちと話をすれば、戦乱に翻弄された激動の『女の半生』の話が聞けたのかも知れない。俺は折角のチャンスを逃してしまったのだろうか?
 しかしこれ以上あの店に居続ける根性は無かった。そう言う刺激的過ぎる仕事は北方謙三親分に任せるしかない。誰か今度ヨットハーバーに行ったときに北方謙三親分にこの絶好の取材源を教えてあげてくれ。ドンコイ通りの『U2』と言うお店だ。



つづく


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