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ベトナム紀行
by チャーリー岸田
 
その8 - 関門

 帰国の夜、岸田はホテルで部屋一杯に積み上げられた荷物を整理しながらアジア雑貨店の社長と専務を待っていた。彼らは商品の製造を依頼した工場に打合せに行ったまま帰って来ないのだ。このままでは飛行機に乗り遅れてしまう。

 かなりやばい刻限になった頃、社長と専務は帰って来た。また大量の買出しをして来たようで、大きな荷物を抱えている。

岸田 「早くホテルを出ないとまずいぞ。飛行機に間に合わない!」
社長 「このくらいが丁度良いんだよ。」
岸田 「えっ? 何で?」

 岸田には社長の話が理解できなかったが、今は話をしている場合ではない。我々は大急ぎでホテルをチェックアウトすると、空港へと車を走らせた。岸田と専務が空港に着いたのがフライト時刻の30分前。ぎりぎりの時刻である。社長は買出しを続けるためにまだベトナムに残る予定だ。

 カウンターの前には長い行列が出来ていた。我々の乗る『ベトナム航空950便』は、その次に飛ぶ韓国の航空会社の便と共同のカウンターになっており、列には韓国人の団体が並んでいたのだ。

 韓国人は誰もが揃ってタフな交渉人である。皆が座席の位置や荷物のオーバーウェイトを巡ってカウンターの係員と粘り強く交渉を続けている。中には「エコノミークラスのチケットでビジネスクラスに載せろ。」などと無茶な交渉をしているやつも居るはずだ。それが韓国人だ。やばい。これでは俺達がカウンターに着く前に飛行機が飛んでしまうではないか!

係員 「ベトナム航空950便のお客様、いらっしゃいましたら隣のカウンターにお並び下さい!」

 時刻は我々の乗る便のフライト直前。何とか間に合ったようだ。とにかくチェックインしてしまえば、我々を置いて飛行機が飛んでしまうことはない。

係員 「荷物がオーバーウェイトです。100kgオーバーになります。」
専務 「いや、この荷物は2人分だ。」

 この手の交渉は全て専務に任せておくしかない。この専務は元一等航海士なのでこのような交渉はプロなのだ。海と空との違いはあるが、世界中の港で貿易に携った経験はこんな時に役に立つのだ。

係員 「2人分であれば80kgオーバーです。手荷物は1人あたり20kgまでです。2人分では40kgになります。お客様の荷物は120kgなので、80kgのオーバーウェイトになります。」
専務 「お金が無いんだ。超過料金は払えない。」
係員 「それならばオーバーした分の荷物は置いて行って下さい。」
専務 「嫌だ。」
係員 「それならば超過料金を払って下さい。」
専務 「それじゃあ、超過した分は機内に持ち込む!」
係員 「機内持ち込みは7kgまでです。80kgは持ち込めません。」
専務 「それならば全部預かってくれ。」
係員 「それでは超過料金を頂きます。」

 なかなかタフな交渉になった。相手は戦争でアメリカに勝った唯一の国の国民である。おまけに社会主義国である。元々強情な国民性の上に仕事は教条的なお役所仕事と来ている。全く交渉の余地がない。これが日本や他の東南アジア諸国であれば、ゴネまくっていれば何とかなるのだが(ちなみに日本で働いているフィリピーナの場合は、成田空港でゴネまくって冷蔵庫や洗濯機をただで手荷物として故国に持ち帰っている)、ベトナムではそれが通用しないようだ。おまけにベトナム人は算数も得意なようだ。他の東南アジア諸国の空港係員とは違い、「120kg - ( 20kg × 2人分 ) = 80kg」と言う計算ができてしまうのだ。これでは数字の誤魔化しも通用しないではないか! 困った困った・・・・・・。

 カウンター横に設置されたディスプレイを見ると、

  VN950  DELAY
  XXXXX  DELAY
  XXXXX  DELAY
  XXXXX  DELAY
  XXXXX  DELAY

 離陸時刻の遅延を示す赤文字が並んでいる。ここで我々がゴネまくっているため、後の便まで遅れが生じているのだ。ここで別の係員がカウンターに駆け付けて来た。カウンターの係員と何か話している。ベトナム語は判らないが、おそらくチェックインを急ぐように急かしているのだろう。その後交渉の流れが変わって来た。カウンターの係員が焦り始めたのだ。他の東南アジアの空港係員であれば1時間や2時間の遅れは屁とも思っていない。どれだけの遅延が発生して居ようとも仕事は常にマイペースだ。しかし几帳面なベトナム人には遅れは大問題であるようだった。これが先程社長の言っていた「このくらいの時間が丁度良い」の意味だったのだ。早めに空港に着けば、この交渉で我々が不利になっていたのだ。

 交渉の流れは激変し、全部の荷物を10kg分の超過料金で積めることになった。勝ち負けで言えば『引き分け』と言うところだろうか。

係員 「お客様、お急ぎ下さい。」

 岸田と専務は搭乗口へと走った。しかしその前にやる事があった。カウンターから見えない柱の影に隠しておいた荷物を持って行くのだ。先程カウンターに預けた120kgとは別に、また大量の荷物を機内持ち込みするのだ。それだけでも背中に担いで両手にぶら提げられる目一杯の量である。我々はその荷物と共にダッシュした。

搭乗口 「エクスキューズ・ミー!」

今度は搭乗口で呼び止められた。

搭乗口 「機内持ち込み荷物の重さを量らせて下さい。機内持ち込みは7kgまでです。それ以上は超過料金を頂きます。」(英語)
岸田 「えっ? 何っ?」(日本語)
係員 「荷物の重さを量らせて下さい。」(英語)
岸田 「何言ってるのか判らない。」

 ここでは言葉が判らない振りをするしかない。そこに先程のカウンター係員がすっ飛んで来た。

係員 「早く飛行機に乗って下さいっ!」
岸田 「オーケイ!!」

 我々は搭乗口の係員を無視してダッシュで機内に乗り込んだ。そして我々が乗り込むと同時にドアが閉まり機体が動き始めた。我々は席に着くとビールを注文し祝杯を挙げた。

岸田 「やれやれ・・・。やっと終わったなあ。これで一安心だ。」
専務 「いや、未だだ。この先に成田がある。」

 我々は日本に禁制品を持ち込む訳ではないのだが、荷物を商売のための輸入と見られた場合、成田でそれなりの税金を払わなければならないのだ。そのため我々はこの大量の荷物を『単なる個人的なお土産』と言い張らなければならない。成田では『言葉が通じない作戦』は通用しない。まだまだ難関が待っているようだ。

成田空港

 そして成田空港。飛行機を降りると岸田と専務は空港を出るまで別行動となった。複数の人間が揃って大量の荷物を運んでいたのでは、目立ち過ぎるし商売のための輸入であることがバレバレである。そのため税関では1人旅を装う必要があるのだ。荷物が半分になれば少しは目立たなくなるだろう。

 岸田と専務は別々のカウンターに向った。荷物を半分に分けても1人あたりカート2台分である。

税関員 「随分と沢山の荷物ですねえ。」
岸田 「物価が安いのでついお土産を買い過ぎてしまって・・・・・・。」
税関員 「全部でいくら位掛かりましたか?」
岸田 「覚えていませんが、たぶん4〜5万円程度だったと思います。」(大嘘)
税関員 「中を見せてもらってもよろしいでしょうか?」
岸田 「はい、どうぞ。」

 税関員は1つの荷物を開け始めた。
 (やばいっ!)
 そのバッグにはベトナムの香水『ミス・サイゴン』が100本入っているのだ。他のバッグは衣類や雑貨だけなので言い訳可能なのだが、香水であれば個人的なお土産でも税金が掛かる。もちろん簡単には見つからないように全て衣類に包んではいるのだが、詳しく調べられたらアウトである。よりによって一番やばいバッグを開けるとは・・・・・・。
 しかしバッグは簡単には開かなかった。ベトナムで購入した安物のバッグなので、ファスナーが壊れていたのだ。税関員は開かないファスナーと格闘している。その間岸田はハラハラしながらもポーカーフェイスを装っていた。

  パン!

 ファスナーが弾けた。バッグにはパンパンに荷物が詰め込んであるので、税関員が壊れたファスナーをいじっているうちに、そのファスナーが破裂してしまったのだ。

岸田 「あっ! 壊したぁ!!」
税関員 「いや、あの、その・・・直ぐに治しますので・・・・・・。」

 なにしろ安物のバッグである。ファスナーが破裂してしまったら、元には戻らない。

岸田 「あー、困った困った。バッグが壊れた。どうやって持って帰ろう?」
税関員 「はいはい。すみません。すぐに治します。」

 しかし治らない。もう完全にこちらのペースである。

岸田 「もう結構です。バッグは治りそうもないから、とりあえずガムテープで塞いで下さい。家に帰るまで保てば良いっす。」
税関員 「はい。どうもすみません。」

 税関員は中身を見ずにバッグをガムテープでぐるぐる巻きにした。岸田はベトナム製の安物バッグに救われた訳だ。世の中何が幸運につながるか判らない。
 ゲートを出ると専務が待っていた。彼も何とか税金を取られずに済んだようだ。
 これで俺達の波乱万丈の旅が終わった。しかしこのアジア雑貨屋のスタッフは、このようなスリリングな活動を日常として生活しているのか。何ともエキサイティングな商売である。




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