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サプライズド フィリピナス
by チャーリー岸田
 
その2 - リンダ同窓会

 フィリピン到着翌日はリンダのハイスクールの同窓会だ。何故か全然関係のない我々も出席することになっている。

 この国の義務教育は小学校の6年間だけ。その後4年制のハイスクールがあり16歳で卒業する。この国のハイスクールとは、日本で言えば中学と高校を併せたようなものだ。

岸田 「ところで同窓会は何時から始まるんだ?」
リンダ 「朝の10時から。私は主催者だから9時までに行って準備を始めなければならないの。」
岸田 「でも、、もうとっくに10時を過ぎてるぞ。」
リンダ 「うん。だからもうすぐ出るよ。」

 時間にアバウトなのはこの国の基本なので、岸田もこの時間感覚には驚かない。

 しかし今回はリンダが主催者なので、彼女の家族一同が動員されてパーティの裏方を努めることになっているのだが、家族の誰にも出掛ける気配が見られない。とっくに出掛ける準備を済ませた岸田と社長だけが手持ち無沙汰な状況だ。

社長 「ビールでも飲まなきゃ、やってられねえよ。」
岸田 「それもそうだ。」

 社長と岸田は朝から家のテラスで酒盛を始めた。

 ここまで読んだ各位は、この家族がタイ人のように心静かにのんびりとしている姿を思い浮かべたかも知れない。しかしフィリピンはそう言う国ではない。毎日朝からやたらと騒々しいのだ。行動のペースが遅いことはタイ人と同じだが、やたらと賑やかでドタバタと騒ぎながらも行動だけが異常に遅いのがフィリピン人の特徴だ。

 微笑の国タイランドから帰って来たときに思い出すのは、タイの豊かな自然でも灼熱の太陽でもなく、人々の静かな笑顔。

 それに比べてフィリピンのイメージは、絶え間なく続くタガログ語の嵐。常に皆が必要以上の大声で騒いでいるのがフィリピンだ。こんな環境の中では、俺達は朝から酒でも飲んでいなければやってられない。しかし、久々に日本から帰って来たマリアとリンダには積る話もあるだろうが、毎日同じ屋根の下で顔を合わせている家族の間に、どうしてそんなに沢山話すことがあるのだろう?

 我々が泥酔した頃、やっとこの家族が動き始めた。時間はもう昼近い。車に乗り込んだのはパーティの裏方として働くメンバーだけでなく、小さな子供達までがゾロゾロと着いて行く。とにかくこの国では行動が全て家族単位なのだ。


 会場のホテルに着き、PA機器などの準備を終えた頃、三々五々にリンダの同窓生が集まり始めた。皆最初からハイテンションである。

リンダ 「岸ちゃん、良いカメラ持ってるんだから、皆の写真撮って。」
岸田 「OK! はーい! 皆さん並んでくださーい!」

 しかし同窓生はあちこちでワーワーと騒いでいるばかり。まとまった行動が苦手な連中のようだ。

岸田 「学級委員は誰だ! 早く皆を並ばせろっ!」

 今回の同窓会はリンダの主催である。この「主催者」とは、幹事兼スポンサーである。日本の同窓会は会費制で行われる事がほとんどだが、フィリピンで会費制のパーティを行った場合、会費が払えなくて出席できないメンバーが多い。そのために経済的に余裕のある人物が1人で全部の経費を持つのだ。日頃外国に住み、なかなか同窓生と会えないリンダが短期間の故国滞在中にまとめて友人たちに会うのはこの方法しかない。

 また、経済的に余裕のある人間が皆の面倒を見るのがフィリピン人のモラルの根底にある『ハテハテ』である。『ハテハテ』とは、直訳すれば『皆で平等に分けあう』と言う意味だ。

 日本人の感覚では、学校を卒業して社会人となり、ビジネスで成功して金持ちになった同窓生も、経済的に厳しい環境に追い込まれてしまった同窓生も、皆が同じ金額の会費を払うことが平等と考えられている。同窓生の間では社会に出てからの地位などは関係ない。もし、金持ちになった同窓生が「俺が全部払ってやる」などと言い出したとしたら、それはとっても嫌味だ。

 しかし、フィリピン人のモラル感覚は我々とは大きく異なる。お金を持っている人がその経済力に応じたお金を払うことが、この国での『平等』、つまり『ハテハテ』である。お金を出してもらう側の貧乏な人々も、その事にコンプレックスを感じている様子は全くない。

 しかしリンダにそんな余裕があるのだろうか? 日本における彼女の生活は非常に厳しいものだ。オンボロアパートに住んで慢性的な金欠病が続いている。

リンダ 「日本で働いていれば、無理すれば何とかなるよ。でもフィリピンでは駄目。例えば隣のテーブルに居るXX君は、学校ではいつも一番優秀で、卒業したら一流の大学に行って、今は銀行の偉い人になっているの。それでも月給は3万円。とてもこんなパーティ開けないよ。」

 彼ら同窓生の服装は、Tシャツにジーパンなどの質素なものだが、皆小奇麗で貧乏臭さは感じない。そして表情は底抜けに明るい。しかし、経済的には楽ではないようだ。

 そんな中でどうしても目立ってしまうのが我々金持ち日本人。我々も気楽な服装で出席しているのだが、どうしても金持ち臭さは消すことができない。ここで気取っていたら彼らの反感を買ってしまうかも知れない。ここは積極的な国際交流が必要だ。我々は「指差し会話帳」を手に彼らにの中に入って行った。しかしフィリピン人は陽気なやつらなので、5分も話せば完全に打ち解けてしまう。言葉の壁は大きな問題にはならなかった。彼らは皆揃って日本に対して興味津々。色々と日本について知りたがった。

同窓生 「日本の入歯について教えて欲しい。日本の入歯はフィリピンの物のは仕組みが違うのか?」
岸田 「申し訳ない。俺は入歯を使ったことが無いので、そう言うことは良く判らないんだ。」
同窓生 「えっ! するってえと、その歯は全部オリジナルの歯なのか! 俺達よりも年上なのに!」
岸田 「うん、そう。」
同窓生 「オー! さすがは日本人!」

 何が『さすが』なのか判らないが、この人たちのほぼ全員が30代半ばで入歯を使っているらしい。

同窓生 「俺はオリジナルの歯が1本残っている。後は全部入歯。」
同窓生 「私は半分くらいオリジナルよ。」
同窓生 「俺達が子供の頃は、歯ブラシなんて見たことが無かったよ。歯を磨く習慣を知ったのは大人になってからだ。」
同窓生 「そうか、子供の頃から毎日歯を磨いていれば、40歳を過ぎても入歯が必要ないのか。それは良い事を聞いた。子供には毎日歯磨きさせよう。」
同窓生 「私は子供に毎日歯磨きさせているよ。虫歯になったら歯医者に行くお金が大変だから。」

 カルチャーショックである。いつも陽気で悩み事など何もないように見えるフィリピン人も、虫歯には悩まされているようだ。


 しばらくの歓談の後、ゲーム大会が始まった。最初は椅子取りゲーム。皆がキャーキャーと歓声を上げながらはしゃいでいる。

 音楽が止むと、ゲームに参加した皆が争って椅子に座る・・・・・・と、全員が座ってしまった。椅子の数と人間の数が同じだったのだ。

同窓生 「あれっ? ちゃんと勘定したはずたったのだけどなあ。」

 数字が苦手なのはフィリピン人共通の特性である。まあこれもご愛嬌である。楽しければ良いのだ。それ以降も次々ととぼけた失敗が続き、俺達を笑わせてくれた。

社長 「しかしテンション高いなあ。」
岸田 「おまけに皆素面ですよ。」

 フィリピン人は90%がカソリック教徒で、このルソン島では100%近い。そのため酒を飲む習慣が無いのだ。このパーティではビールも出しているのだが、ほとんどの連中はコーラとジュースしか飲んでいない。素面でこれだけ盛り上がれるのは一つの特技だ。

 ゲーム大会の間中、リンダの一番上の姉『わがままマリア』は1人で嬉しそうにマイクを独占してカラオケを歌い続けている。

岸田 「マリア。これはリンダの同窓会なんだから君達は裏方だろう? 何で1人で楽しんでいるんだ?」
マリア 「だからBGM係をやってるの! ああ忙しい。」

 そして夕方になり、そろそろパーティもお開きの時間を迎えた。彼らの恩師である先生達のスピーチの後で、主催者のリンダの挨拶が始まった。リンダは感動で目をウルウルさせている。

 しかし、同窓生たちのリンダを見る目は羨望の視線であった。『日本に行くことさえできれば、誰でも楽をして金持ちになることが出来る』多くのフィリピン人は、そう考えている。日本でのリンダの苦労など想像もできないようだ。

岸田 「ちょっとゲストにも喋らせろっ!」

 岸田はリンダからマイクを奪い。演説を始めた。

岸田 「リンダは日本で夜遅くまで一生懸命働いています。日本での生活は楽なものではありません。それでもリンダは毎日一生懸命働いています。それは皆さんのような多くの友達に支えられているからリンダは頑張ることができるのです。これからも皆でリンダをフォローしてあげて下さいっ!」

 同窓生一同からは盛大な拍手と歓声。そしてリンダは号泣。その横ではわがままマリアが相変わらずカラオケを続けていた。

同窓会パーティ


つづく


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