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サプライズド フィリピナス
by チャーリー岸田
 
その3 - バースティパーティ

 海外で働くフィリピーナは皆苦労をしているのだが、それをあまり苦労と感じていない人々も居る。元々水商売にピッタリな性格でネオン街の仕事が楽しくて仕方が無いと言うケースもある。長女のマリアがそれだ。もちろん彼女も色々な苦労はしているのだが、酒場でお客さんと騒いだり馴染みの客に色々ねだって化粧品や装飾品などを買ってもらう生活にハマっているのだ。もう彼女も十分オバサンと言える年齢なのだが、何故か錦糸町の商店主などの50代60代のオッサンたちには非常な人気があるようで、未だに毎晩ブイブイ言わせているのだ。

マリア 「そう言えば岸ちゃんは何も買ってくれたことないよね?」
岸田 「あたりまえだ。俺は君達と対等な友人なんだ。君の店に通っているお客とは違うんだ。だから物を買ってあげたりする理由は無いんだ。欲しいものがあったら錦糸町のお客に頼め。」
マリア 「また岸ちゃんのヘリクツが始まった。でも今日は私の誕生日なんだからプレゼントくれるよね。誕生日ならば友達にプレゼントあげてもおかしくないよね?」

 たしかにそのとおりだ。しかしマリアが欲しがるものは光モノと決まっている。彼女がネオン街でブイブイ言わせるための小道具を買ってやるのも気が進まない。

マリア 「今日のバースディパーティで使うケーキ買ってよ。」

 そうか、ケーキならば問題ない。この日マリアは、日本のネオン街で荒稼ぎしたお金で建てた彼女の家で、大勢のお客を呼んで盛大なバースディパーティを開くのだ。でかいケーキを買ってやれば、日頃ケーキなど見たこともないような近所の子供達にも食べさせることができる。それは良い案だ。岸田は隣に居た次女(つまりマリアの妹でリンダの姉)のラニーに声を掛けた。

岸田 「これからパーティの準備の買い物に行くのだろう? そのときでかいケーキを買って来てくれ。予算は・・・・・・。」
ラニー 「あいよ。もう買ってあるよ。岸ちゃんがそう言うと思って一番でかいの3つ買って来たよ。1個2000ペソだから3個で6000ペソ。」

 ひぇ〜っ! 6000ペソと言えば日本円で1万2千円ではないか! そんな高いケーキがフィリピンに有るのか! 図ったな、フィリピーナめ!


 マリアの家に仕出屋が入り庭にテントやテーブルを並べ始めた。椅子の数は100以上。なかなか盛大なパーティになるようだ。

 午後3時頃から続々と人が集まり始めた。親類や友人や近所の人々など。そしてその大部分が家族連れだ。子供達の目は会場のテントの中にディスプレイされたケーキに注目していた。この子供たちが喜んでくれるのであれば、高い金を払って買った甲斐もある。

 そしてまたもやハイテンションのどんちゃん騒ぎが始まった。この国ではパーティが失敗に終わるケースはまず考えられない。食べ物があって人が集っていれば、それだけで確実に盛り上がるのだ。

マリア誕生日

 日暮頃から大カラオケ大会が始まった。フィリピンでは個人でカラオケ機器など持っている人は少ない。そんな高価なものはなかなか買えないのだ。しかしマリアは日本の店の馴染みの客にねだって買ってもらったようだ。

 フィリピン人は皆歌が上手い。中には音痴なフィリピン人も居ることは居るが、それはあくまでも例外だ。年寄も古いアメリカンポップスを熱唱している。フィリピンにカラオケが普及したのは最近だが、昔からこの人たちは集ればギターを弾いて皆で歌を歌う習慣があったのだ。岸田が5年前に来たときにも夜遅くまでギターに合わせて皆で歌いまくった記憶がある。それがそのまま今ではカラオケにつながっているのだ。

 カラオケソフトはタガログ語と英語の歌ばかり。当然日本の曲はない。しかしパーティ参加者たちは我々ゲストの日本人にも何か歌えとしきりに勧める。まずは社長が数少ない英語のレパートリーの中から何曲かを熱唱する。歌唱力ではとてもフィリピン人には敵わないので、岸田と2人で振り付けを入れて受けを狙う。会場は爆笑の渦に包まれた。そして次は岸田の番。こちらはタガログ語の歌で勝負である。歌詞の意味はあまり理解していないが、前回この国に来たときに買って帰ったCDの中から気に入った曲を何曲か覚えて行ったのだ。岸田としては真面目に歌っているつもりなのだが、現地の連中には大受けだった。どうやら本場のタガログ語とは発音が少々違うらしい。

 カソリックの国フィリピンでは酒飲みは少数派なのだが、多くの客が入れ替わり立ち代り現れて行く中で、夜中まで残っているメンバーの多くが酒飲みであった。パーティ会場は次第に酔っ払いの集りと化して来た。明日は月曜日である。小さな子供を連れた家族連れなどは次々と帰って行く。子供達はテントの中に盛大にディスプレイされた大きなケーキに未練を残しながら親に手を曳かれて会場を後にしているのだ。

岸田 「マリア! 早くケーキを切ってやれよ! ケーキを食べずに帰って行く子供が可哀想じゃないかっ!」
マリア 「でもまだ××さんと○○さんが来ていないから、皆に見せてから切るよ。」

 見栄っ張りのマリアは、できるだけ多くの客に豪華なケーキを見せびらかしたいのだ。

岸田 「駄目だ! どうせ酒飲みは甘いものなんて食わないよ。子供が優先だっ!」
ラニー 「それじゃあ、そろそろケーキにロウソク立てるかねえ。」

 ラニーがケーキにロウソクを立て始めると、いつの間にかケーキの周りには物凄い数の子供達が群がっていた。やっと念願のケーキにありつけるのだ。

ケーキに並ぶ子供達
マリア 「ちょっと、ロウソクの本数減らしてよ。歳がバレるじゃない。」
岸田 「カソリック教徒は嘘をついちゃいけないのだろう? ラニー、ちゃんと44本立ててくれよ。」
ラニー 「あいよ。」

 ロウソクの火が吹き消されると、子供達の興奮は最高潮に達した。ラニーがケーキを切り分け、お皿を持って並んだ子供達に配給される。切ってみるとそのケーキは思ったよりも量があるようだ。『そんなにでかく切って子供が食べ切れるのか?』と思うほどの大きさに切り分けたのだが、興奮した子供達は皆ペロッと食べてしまう。やはりでかいケーキにして正解だった。出費は痛かったけど。

 このときの子供達の笑顔が忘れられない。今どき日本にケーキごときでこれだけ喜ぶ子供が居るだろうか? しかしここで岸田は考えた。

 (その気になれば毎日でもケーキが食べられる日本の子供たちは、ここに居るフィリピンの子供たちよりも恵まれていると言い切れるのだろうか?)

 もちろん客観的に見れば、経済的に豊かな日本の子供たちの方が恵まれているのだろう。しかし、今どきの日本の子供達がこれほど嬉しそうな笑顔を見せる機会がどれだけあるのだろうか?

満足した子供達

 ケーキを食べ終わると家族連れは三々五々家に帰って行った。これからが本当の大人の時間だ。しかしそれに合わせたように、いきなり雷が鳴りスコールがやって来た。カラオケセットは家に運び込まれ、酒飲みたちの多くも家路に着いた。しかしまだまだ宴は終わらない。豪雨の中で、イカレた大勢の酔っ払いのフィリピーノと2人の日本人は雨に打たれながら歌い狂い踊り続けた。雨季のこの国は不快指数100%。雨の中で身体を冷やせば生き返った気分だ。今までの灼熱の暑さが嘘のようだ。

社長 「恵みの雨だぜいっ!」
岸田 「涼し〜い!」

 そしてアホなフィリピーノとアホな日本人は、豪雨の中で泥まみれになりながら、いつまでも踊り続けた。



つづく


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