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サプライズド フィリピナス
by チャーリー岸田
 
その4 - サプライズ!

 翌日、アホな日本人2名はリンダの実家で倒れていた。

社長 「昨日は飲んだなあ。」
岸田 「凄い騒ぎでしたねえ。」

 この暑さと2日連続のパーティで我々の疲労は極限に達していた。しかしこの国の人々は、我々をゆっくり寝かせてはくれない。

 この家の人々は、唯一のエアコン付きの部屋を我々客人のために提供してくれたのだが、雨季のフィリピンではエアコンのある部屋は天国である。いつの間にかこの家の子供達が我々の部屋に侵入し、大声を上げて遊び狂っている。俺達は子供たちに踏まれながらも起き上がることができずに居た。

リンダ 「社長、岸ちゃん、朝ごはんだよ!」
   
岸田 「へーい・・・・・・。」
社長 「今日は要らない・・・・・。」

 今日は1日のんびり過ごすのだ。毎日パーティばかりでは身体がもたない。

 朝飯を食べてまだゴロゴロしていると、次女のラニーが言った。

ラニー 「私たち、これからちょっと用事があって遠出するのだけど、あなたたちも一緒に来て。」

 どこに連れて行かれるのか判らないが、どうせ今日は暇だ。まだ倒れて居たかったが明日は帰国だ。寝てばかり居る訳にも行かない。

 車に乗り込んだのは、長女のマリア(性格:ワガママ)、次女のラニー(性格:姉御肌)、三女のリンダ(日本在住20年。半分日本人化している)、四女のベス(マリアの次にワガママ)、マリアの娘のサリー(22歳)。そして我々日本人2名。我々以外は全て女性である。いつもは家でダラダラしている男たちの誰かが運転手を任せられるのだが、今回は珍しく女性ばかりで出掛けるようだ。

 車はガタガタ道をどこまでも進んだ。密林を抜け丘陵を越え、熱帯の大自然の中を進んで行く。もう2時間以上走っている。

岸田 「おお! 凄い景色だ! まるでインディジョーンズの冒険みたいだ!」
社長 「ところでこれからどこに行くんだ?」
リンダ 「実はねえ・・・・・・。これから赤ちゃんをもらいに行くの。」
社長 「な・なんだそりゃ!」

 二日酔の頭が一気に正気に戻った。

 話を聞いてみると、弟のライアン夫妻が結婚して2年になるのにまだ子供ができない。そのため養子をもらうことに決めたのだそうだ。子供をもらう相手は山奥の貧しい村に住む極貧の女性。不倫で私生児を生んだのだが子供を養って行く余裕が無いので里親を探していたのだそうだ。それをこの家でもらうことにしたのだ。

社長 「育てられないのなら生まなきゃ良いのに。」
リンダ 「フィリピン人はカソリックだから中絶や避妊は駄目なの。生むしかないのよ。」
社長 「それじゃあ不倫は良いのか?」

 しかし、今更そんな事を行っても後の祭りである。子供はもう生まれているのだ。

 ところで、どうして新しい親になるライアンとその奥さんが来ていないのだ? この国では、養子の受け渡しの場には里親は同席しない習慣があるのだろうか?

ラニー 「ライアンにはまだ秘密なの。知っているのはここに居る私たちだけ。ライアンたちに子供をプレゼントしてびっくりさせてやるのよ。」
社長 「ちょっと待ったあ!! 肝心のライアン夫妻に相談も無しに、君たちだけで勝手に養子を貰うことを決めたのか!! そんな無茶な話は無いだろう!!!」
ベス 「だって、プレゼントはサプライズでなきゃね。」
マリア 「ライアンたちは子供を欲しがっていたから絶対喜ぶよ。」
岸田 「でも、ライアンも奥さんもまだ若い。これから実子が生まれる可能性もあるだろう? 養子ってのは未だ早いのではないか? 少なくとも本人たちの意思を確認してからにするべきだ。」
ベス 「そうそう! 養子を貰ったすぐ後に実子が生まれることって多いのよね。そうしたら子供が2人になって、ハッピーの2倍、ハッピー&ハッピーよねっ! キャハハハハッ!!」
社長 「問題はライアンよりも奥さんの方だ。本人に相談もなしに旦那の親族が勝手に養子を貰って来たら、彼女はどう思うだろうか?『私が子供を生まないから旦那の家族が不満に思っているんだ』って考えて、深く傷付いてしまうのではないか?」
マリア 「???」
ラニー 「???」
リンダ 「???」
ベス 「???」

 フィリピーナ達は皆キョトンとしている。我々日本人の心配が全く理解できないようだ。今まで気心が知れていると感じていた姉妹たちではあったが、実は我々の間には深い文化の溝があったようだ。


 車は山奥の貧しい村に着いた。案内された場所は、子供の出産を担当した産婦人科医の自宅。この医者が赤ん坊の養子縁組を斡旋したのだ。これは子供が捨子にならないための医師としての人道的見地からの措置なのだ。

 赤ん坊は昨日生まれたばかりなのだそうだ。この医者は赤ん坊が生まれる前から人づてに里親を探しており、それが東南アジア特有の口コミによってこの家に貰われる話がまとまったのだそうだ。昨日我々がマリアのバースディ・パーティで大騒ぎを続けていた頃、この村では極貧の女性がひっそりと自分では育てられない赤ん坊を産んでいたのだ。

社長 「う〜む・・・・・・。」
岸田 「いやはや、なんとも・・・・・・。」

 医者が奥の部屋から赤ん坊を連れて来た。

マリア 「キャーッ! カワイイッ!!」
ラニー 「大きいねえ。元気そうだねえ。」
ベス 「うわあ! ライアンにそっくり!」

 似ている訳がない。

 しかしフィリピーナ四姉妹は赤ちゃんを見て大喜びである。そこには不安や忸怩たる思いは一切ない。100%ハッピーな世界があった。

 彼女たちは医者に指示されて書類に何かを書き始めた。これは生みの親と里親が交わす誓約書なのだそうだ。

 『もらった子供は責任を持って育てます。その代わり、もし後でこの子の居場所が判っても絶対に名乗り出ないで下さい』

 〜と、そう言った内容の書類だそうだ。

ラニー 「それでは先生。お金は書類と一緒に直接母親に渡せば良いですね。」
社長 「えっ? 何だ!! お金ってのは何だ?」
ラニー 「子供を貰ったのだから、相手にお礼をするのは当然でしょ?」
社長 「あああ、岸ちゃん・・・、これって人身売買ではないか?」
岸田 「そう言うことになりますね・・・。」

 ウキウキとハイテンションなフィリピーナと、複雑な思いの日本人2名、そして医者を車に乗せ生みの親の住む家に向かった。家の前ではサリーが子供を抱いて車の中に残り、医者と四姉妹が家に入って行く。赤ん坊を車に残したのは正解だろう。泣く泣く子供を手放した親に、もう一度子供を見せるのは酷である。

ラニー 「あなたたちも一緒に来て。」
社長 「嫌だっ!」
岸田 「俺もやだっ!」

 子供を手放す親の悲しい顔など観るに耐えない。そんな場には居合わせたくない。


 そして車は再び山を越え密林を抜け家路を急いだ。
 車の中は大騒ぎであった。フィリピーナは皆、赤ちゃんを見て大喜び。キャーキャー言いながら赤ん坊を奪い合うようにはしゃいでいる。車の中で子供に名前が付けられた。その名は『アキレス』。ギリシャ神話の英雄の名だ。ハイテンションなフィリピーナたちと対照的なのが我々日本人。

社長 「う〜む。ライアンの奥さんが心配だぁ。彼女はこれをどう受け止めるのだろう?」
岸田 「う〜む。もしライアン夫妻が『養子は要らない』って言ったらどうなるのだろう? 人身売買にクーリング・オフが適用されるとは思えないし・・・。」
リンダ 「あなたたち、何を悩んでいるの? この子のお母さんは子供を捨てずに済んだからそれでハッピー。赤ちゃんは捨子にならずにハッピー。ライアンと奥さんは念願の子供ができてハッピー。そして私たちも新しい家族が増えてハッピー。これが一番良い方法なのよ。」
社長 「ところで生みの親はどうだった?」
リンダ 「もちろん泣いていたよ。だけどそれは仕方ないでしょう?」
岸田 「う〜む。」

 この四姉妹は皆人の子の親である。実際に子供を生んだ経験のある人たちの口から出た言葉には説得力がある。しかし我々日本人にはどうしても割り切れない思いが残った。

社長 「しかしところで、どうしてそんな場所に俺達を連れて来たんだ?」
リンダ 「それはねえ。相手の親を安心させたかったからよ。あなたたちを利用しちゃったの。ごめんね。」

 子供を手放す親にとっても、その子供の将来は心配である。しかし、子供をもらいに来た里親の一行の中に日本人が居れば、当然相手はその日本人もファミリーの一員だと思うだろう。まさか社員旅行でやって来た一般観光客が養子授受の場に立ち会うとは思わない。普通そう言う観光客は居ない。それで相手は、『家族の中に日本人が居れば、この子はお金で苦労することはないだろう』と、安心するのだそうだ。

社長 「何だよそれは。この国では日本人はお金の象徴なのかよ。」
岸田 「少なくともこの子の生みの親から見れば、希望の象徴なのかも知れませんよ。」
社長 「そうか。そう言う話であれば、俺達もあの家に入って顔を見せた方が良かったのかもな。」
リンダ 「大丈夫。私たちが日本人と一緒に子供を迎えに来たことはもう判っているよ。あの村の全員がそれを知っているよ。」

 東南アジアの田舎の村では、噂の伝達はインターネットよりも早い。山奥では珍しい外国人の登場は、もう村の噂になり、赤ん坊の生みの親の耳にも届いているはずである。

 しかし・・・。この国における日本人とは、一体何なのだろう?


 赤ん坊が泣き出した。

ラニー 「おなかが空いているのね。ミルクを買わなくちゃ。皆んな、ドラッグストアを探して!」

 育児のベテランが4人も揃っていながら、養子を貰うと言う重大なイベントを控えていながら、この人たちは何も準備をしていないのだ。ミルクさえ用意していないのだ。この国には『事前の準備』と言う言葉は無いようだ。そして途中のドラッグストアでミルクと哺乳瓶を買い、お祭り騒ぎの車の中で赤ん坊にミルクを与えながらデコボコ道を走り続けた。そして車が彼女たちの村に到着すると、そのまま実家には寄らずにマリアの家に入った。

マリア 「さあ! サプライズの準備よっ! 準備ができるまでライアンと奥さんには絶対に秘密だからね。本人に教えちゃ駄目よ。」

 俺達の口からそんな話ができる訳がない。そして四姉妹はマリアのベッドルームに入って何やら楽しそうに準備を進めている。日本人2名は未だに心の整理ができないまま、テラスでビールを飲んでいる。

社長 「もう、酒でも飲まなきゃやってられねえよ。」
岸田 「まったくそうだ! 俺達には理解できない事ばかりだ。」

 準備完了後、サリーが実家にライアン夫妻を迎えに行った。そして家族や近所に住む親類が集り、ライアン夫妻の到着とともにベッドルームのドアが開かれた。

社長 「もう、どうなっても知らねえぞ。」
岸田 「俺達には関係ねえよ。」
ラニー 「あなたたち、何やってるの? ライアンたちのサプライズの瞬間を写真に撮って!」

 仕方なく俺達も、ライアン夫妻の後に続いて部屋に入った。

 ベッドの上には赤ん坊が寝かされ、その上にカードが置いてある。

 『パパ、ママ、始めまして。パパとママは僕を歓迎してくれますか?』
ご対面!
ライアン 「オー!! ウェルカムッ!!」

 ライアンが歓声を上げた。そして奥さんも満面の笑顔を浮かべて子供を抱き上げた。あまりの喜びに声も出ないようだ。

社長 「一安心だな。ライアンの奥さんも喜んでいるみたいだ。」
リンダ 「だから言ったでしょ。あなたたちの心配なんて、この国では必要ないのよ。」

 いつの間にか親類や近所の人々が集り、またもやなし崩し的な宴会が始まった。そしてこの宴会が一番の大騒ぎになった。なにしろ家族が増えたのである、同窓会やバースディパーティとは訳が違う。またもやマリアが『BGM係』としてカラオケを始めた。

社長 「サプライズだ。ライアンや奥さんよりも、俺達の方がサプライズだ。」
岸田 「俺も未だに頭の整理ができません。これをどう理解したら良いのでしょう?」

 そして宴会は深夜まで延々と続いた。

そして宴会へ


つづく


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